馴染みになっている撮影所での、よく一緒になる枢軸メンバーとの撮影だった。
 この日の菊は直前に入れていた仕事が長引いたせいで開始時刻間近に撮影所にやってきた。
 いつものように早く来たルートヴィッヒと、また撮影所に泊まっていたらしいフェリシアーノの挨拶を受けながら楽屋に入る。
 そこまでは、いつも通りだった。

「ぎゃあああああ!!!」

 悲鳴が聞こえてきたのは、その数分後。

 以上が後の昔話で延々と語り続けられることとなる騒動の幕開けだった。
 

 

「今の、悲鳴・・・・・・?」
「あの声って、本田さん?」

 いち早く菊の声に反応し、楽屋に駆け込んだのはもっとも身軽なルートヴィッヒだった。
 その後ろから作業を中断したスタッフや、昼寝から目覚めたフェリシアーノが廊下を走る音が近づいてくる。

「本田サン!?」

 楽屋のドアを開けたルートヴィッヒの目に飛び込んできたのは、直視したくない光景だった。

 土間に投げ出された鞄。

 散乱した座布団と衣服。

 そして、1人佇む菊の姿――その手には長細い包み。

 なんとも不吉なフラグだ。

「ふっ・・・ふふふっ、ふふっ・・・」

 不気味な笑い声と共に立ち上る黒いオーラ。
 ちょっとこんなのアルフレッドさんが特番でチュパカブラを捕まえに行きたいって言い出したとき以来ですよ!と言うADの声が聞こえる。

 何やってんだ、アルフレッド・ジョーンズ。
 そして、どうして刀を取り出して鞘から抜こうとしているんだ、本田菊。

 部屋の電灯に反射した刀身が鋭い光を放つ。

 わあ、切れ味よさそう・・・〈*^^*)

 ・・・とか思ってる場合じゃねぇ! (ノ><)ノ
 なんか振りかぶってるし!

「ほ、本田サン!?それ、本物!?ちょ、思いとどまれぇぇぇぇぇ!!!」
「我が道を阻むか貴様ぁ!」
「口調がおかしい!また感化されてんっスか!?今度はなんの漫画のキャラで――とりあえず刀をしまえ!」
「ふっ・・・案ずるな。証拠は残さん」
「証拠を残すと拙いようなことをする気かぁぁぁぁ!!」
「本田さん!落ち着いて!ルートヴィッヒさんも!」
「とりあえず手を押さえつけろ!」
「わー!潰れる!そんなに乗ったら潰れるー!」

 しばらくお待ちください

 


「お、落ち、着いた、か?」
「はい・・・」

 ぐったり・・・

 その表現が何よりもこの光景に似合う。

 被害は菊の腕を押さえようとした音響係が顔面すれすれに刃を突き立てられて涙目になり、撮影予定時間に食い込んだぐらいだから大したものではない。
 それよりも”あの”本田菊があそこまで取り乱した原因が知りたいと、急遽撮影スケジュールをいじって今日を臨時休養日なるものにしてしまった監督は天才なのか馬鹿なのか・・・。間をとってAHOでいいだろうか。

「で、これがあんたが取り乱した原因?」
「ええ・・・」

 ルートヴィッヒが指差す方向にはファンからの差し入れ品が積み上げられている。
 そのうちの1つである発泡スチロールの箱の中身を見ないように視線を逸らしながら菊は頷いた。
 
「・・・・・・キノコ、だよな?」
「多分・・・」
「キノコ、かなぁ?」
「傘があって、柄があるしなぁ・・・」
「でも、このビジュアルは・・・」
「気持ち悪い・・・・・・」

 傘があって柄があるのはよくあるキノコと同じ特徴なのだが、その傘が円筒形で表面にびっしりと凹凸がついている。
 十人中七人ぐらいはキモッ!と叫ぶんじゃなかろうか。てか目の前に叫ぶどころが凶器を振りかざした人物がいる。

「一応、キノコです・・・アミガサタケと言って、フランスでは高級食材らしいんですが、私の故郷では食べませんね・・・・・・」

 見た目に壮絶な拒否反応を示しておきながらも食用か否かを知っている辺り、食に貪欲な日本人らしいというかなんというか。

「・・・これ、食えるのかよ」
「最初に食べた人、すごいよねー」
 
 それ以前に俳優への差し入れにキノコというのもいかがなものだろうか。

「送り主は何考えて送ったんだろうな・・・」
「んー・・・好意じゃない?一応高級食材らしいし」
「山菜もキノコも同じようなものって思ったとか」
「ああ・・・確かに”日本”宛ての山菜って多いよな」
「ぜんまいやわらびとかなら嬉しかったんですけどね・・・」
「あー、前食べた山菜の天ぷらはおいしかったな」
「せめてハチノコの佃煮やナマコならまだよかったんですが・・・」
「うん。なんでそれが平気でこれがダメなのかが分からん」