住宅地とマンションが密集する一帯の片隅にある喫茶店『クローバー』。
 
 モーニングセット(ドリンク付き)が日本円で240円と安く、ちょっと息抜きの贅沢をという幼稚園・スーパー帰りの奥様方や出勤前に立ち寄った会社員が主な客層である。そのため学校のない冬休みといえども客足はそうそう減りはしない。
 おかげで暇を持て余しているならば手伝えと早朝から母親にたたき起こされたエドワードは、看板息子という任務(?)を果たすべく、奥様方に笑顔を振りまきサラリーマンを溌剌とした声で迎えOLを爽やかな笑顔で見送っていた。

「眠い・・・」
「もう少ししたら上がっていいから、しゃんとおし!ほらこれ、テーブル席のお客さんのね」
「へーい」

 カランッ・・・

「いらっしゃー・・・い?」
「あら、いらっしゃい」

 入り口のドアベルが鳴る音に振り向いたエドワードは入ってきた2人組を見るなり目を瞬かせながら固まり、母親は朗らかに微笑んで来訪者を迎える。

「おはよう」
「はよー」

 そこには早朝セールの戦利品らしきトイレットペーパーを両手に持ったアーサーと寝起きのまま来ましたとばかりにローテンションなドレークが手を振っていた



 友人に報告しました



「ドラマに出る事になったぁ!?」
「つまり・・・芸能界デビュー?」
「うん」

 ちょうどいいからこのまま引っ込んじゃいなさいという母親の(多分)好意により、自宅スペースとなっている奥に通された3人は和気藹々と食卓を囲んでいた。

 「あらあらアーサーくん、久しぶりね。ドレークくんも大人びちゃって。これおばさんからのサービスよー」という流れを経てゲットしたマフィンを頬張っているアーサーの顔は暗い。

「オーディション受けたら通った」
「んなあっさりと・・・。バイトの面接じゃねぇんだぞ」
「てか、そんなもん何時受けたんだ?」
「一昨日」
「すっごい最近!?」
「先週にパース兄さんの所属してる事務所の社長さんに「うちで仕事しないか」って誘われて・・・。そのときは単なるバイトだと思ってたんだよ。裏方の手伝いとかエキストラとか」
「まあ、普通はそう思うよなぁ」
「で、予定ないからいいですよって言ったら、面接があるからってどこかの会場に連れて行かれて。そしたら台本渡されて演技してみてくれって言われて」
「・・・・・・お前が迂闊すぎることを除けば詐欺っぽいな」
「んで今朝、電話で『合格したよ。おめでとう』って。・・・・・・驚いたからとりあえずエドのところに来てみた」
「早朝から人の家――いや、店だけどよ――に来るのはとりあえずって言わねぇ」
「ま、まあ凄いじゃねーか。とりあえず喜んどけよ」
「・・・・・・いぇい☆」
「・・・ダメだドレーク。こいつまだ混乱してる」

 その割に特売は見逃さなかったんだなというツッコミは愚問である。

 同情に満ちた目をしたドレークは無言で自分の分のマフィンを差し出した。

「ドレークはなんで一緒に来たんだ?アーサーに呼び出されたとか?」
「雀荘出たところでとっ捕まった」
「来る途中に雀荘の前を通ったらちょうど出てきた」
「・・・・・・また徹マンか」

 寝起きではなく寝ていなかったらしい。

「それはそうと、どんな話なんだ?ホラー?アクション?料理?」
「何その最後の選択肢」
「いや、お前にわざわざ誘いがくるんなら、その辺かと」
「王道は恋愛モノだけどなー」
「えーっと・・・・・・・・・歴史モノ??かな??」
「なんだその”?”の多さは」
「オーディションの後に社長さんが原作になった本をくれたんだけど、日本語だから読めてなくて・・・。とりあえず軍服着たりするみたいだけど」
「戦争モノとかなのかもな・・・」

 友人が出るドラマなのだから多少は守備範囲外でも観るつもりだが、どうせなら面白いものがいい。

「それにしても、よくパーシヴァルさんたちが許したなー」
「・・・・・・・・・てない」
「ん?」
「言ってない」
「「・・・・・・・・・」」

 重い沈黙が下りた。
 
「マジで!?」
「受かるまでは言わないほうがいいかなって思って」
「思うな!ちょ・・・やばいんじゃね?」
「うん」
「うんじゃなくて!」
「・・・・・・どうしよう」
「あー・・・えーと・・・えぇー・・・」