某月某日のとあるテレビ局にて、番組の収録を終えて控え室へと向かうアントーニョの姿があった。

「お疲れさまでーす」
「おう、お疲れさん」

 すれ違ったスタッフにひらひらと愛想よく手を振りながら控え室に入ったアントーニョを、マネージャーであるパブロが出迎える。

「お疲れ様です。さっき連絡があったんですが、今日この後に予定していた収録が中止になりました」
「え、そうなん?」
「なんでも撮影予定になっていた店でトラブルがあったとかで」
「ふぅん・・・まあ、ええけど。てことは、今日はこれでフリー?」
「ええ。私は先方とのスケジュールの打ち合わせに向かいます。カリエドさんはどうされますか?」

 パブロは人の中心で周りを賑やかせることを得意とする彼が、必要以上に人に構われることを嫌がるとよく知っていた。
 送迎されるよりも公共交通機関で気ままに移動したがるし、私生活に立ち入られようものなら容赦なくクビを言い渡してくる。それで今まで何人ものマネージャーが交代させられた。

 パブロはアントーニョについて2年目になるが、曖昧に引かれた線を見極めるのが上手いため、今のところ地雷を踏んだことはない。

「ちょっとぶらついてから帰るわ。明日は昼からよな。いつもどおり現場であおな。ほな、お疲れさん」
「お疲れさまです。お気をつけて」

 

 控え室を出たアントーニョはエレベータの前で少し悩むそぶりを見せた後った最上階のフードコートへ向かう。

 このテレビ局のフードコートは安くて美味いと評判で、収録終わりの同業者もよく訪れる。つまり、知り合いに会う可能性が大きい遭遇スポットなのだ。

 カウンターで坦々麺を買い、フリーコーナーの七味を振りかけながら知った顔がいないかと室内を見回す。

 期待通りの姿を窓辺に見つけたアントーニョは空っぽになった七味の容器を戻してトレーを持ち直した。

「ギルちゃん、久しぶりやな!」

 声をかけると断りなくテーブルにトレーを置き、向かいの椅子に腰掛ける。

 名を呼ばれて手元の冊子に下ろしていた顔を上げたギルベルトは、向かいの席に座ったのがアントーニョだと分かると、その秀麗な顔に柔和な笑みを浮かべた。

「ああ、可愛いトーニョ。会えて嬉しいよ」
「・・・・・・・・・」

 ぞわりと一瞬にして全身の毛穴が総毛立った。
 なんだそのキラキラしくも胡散臭い笑顔は!(←人のことを言えないと思います。 byパブロ)

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・鳥肌すげぇな」
「ギルちゃんのせいやでー」

 一瞬にして笑顔を引っ込めたギルベルトはまじまじとアントーニョの腕を見つめた。
 見慣れた表情と雰囲気に、アントーニョも落ち着きを取り戻す。

「まーた、役に影響うけおって。それなんの役なん?」
「今度でるドラマのヒロインの兄。柔和な腹黒で、妹に会うたびすっげえ歯の浮くようなセリフ吐くシスコンなんだよ」

 ギルベルト・バイルシュミット――芸名ルートヴィッヒは役に入り込むタイプの俳優である。
 正義感溢れるヒーローからネジの2、3本が吹っ飛んだ狂人まで、演技の幅に際限がなくどれも完璧に仕上げてみせる。演出家からすればこれほど重宝できる俳優はいないだろう。しかしその反面、どうにもならない悪癖を持っている。

 役に入り込みすぎるのだ。

 切り替えも上手いので常に人格が変わったままになることはないが、練習中に不意に話しかけられると誰だお前な態度を返してくる。

 練習を兼ねているというのが本人の弁だが、相手の反応を楽しんでいるんじゃないかというのが近しい友人たちの認識だ。

「ギルはこれから収録?」
「いや、今日台本もらったばっかだ。休憩挟んで予告ポスターの撮影して終わりだな」
「なら、久々に飲まん?俺、明日の昼までオフやねん」
「いいぞ。フランシスも誘うか?」
「せやな。メールしてみるわ」
「じゃあ、場所決まったら携帯にメールしといてくれ」
「ええよ。お仕事がんばってなー」