ローデリヒ・エーデルシュタインが初めてピアノに触れたのは5歳のときであった。
 身内に音楽関係者がいたわけでもなく、親が子供の習い事に熱心だったわけでもないが、何故か彼はピアノを習うことを熱心に母親に請うたらしい。

 彼は天賦の才があったわけではない。
 凡人よりは少し秀でている程度の、コンクールで素晴らしいと言われはするものの大きな賞をとれるほどではないぐらいの才能。

 しかし、中学生になった彼が一般的な学生の枠を外れて不良と呼ばれる部類に振り分けられるようになっても、何故かピアノをやめることはなかった。
 その頃の彼は従兄弟にピアノは楽器ではなく、気に入りの玩具のようなものだと語っていたという。

 ローデリヒがピアノで弾くのはクラシックが多かった。むしろクラシックしか弾けなかったと言ってもいい。
 それは音楽教室の教師が教えるときに配ったスコアしか持っていなかったからで、自分で選んで買うことをしなかったからだ。

 だから、彼とロックの出会いはまさに未知との遭遇であった。

 それまでの落ち着いた優美さを伴うクラシックと違う、芸術のような荒々しさがあるロックは彼の心を強く捕らえた。
 ・・・ただ単に、お上品な曲が性に合わないことに自覚がなかったせいだろうとは彼の遊び仲間の言である。

 ロックに嵌った彼は自分でスコアを手にいれ、それを弾くようになった。
 クラシックとロック。同じ音楽であっても性質のことなる2つ。
 どんなに技法が優れていても、そこに感情が伴わなければただの素晴らしい音に過ぎない
 これまで弾くために弾いていたクラシックに対し、弾きたいために弾くロックは彼の身のうちに潜んでいた才能を劇的に開花させた。

 しかし、その時点での彼は、自分の弾く音を他者に聞かせる気はなかったようだ。
 精々が従兄弟を主とした身内かロックを好む友人ぐらいで、自己満足で完結していた。
 インディーズバンドが集まるライブハウスに顔を出していたこともあったようだが自分がライブに出たりする発想はなく、ましてやバンドを組むような考えを浮かべることもなかったらしい。

 それならば何故バンド結成に至ったのか?



 それはローデリヒが高校生だった頃に遡る。
 今はダルマシーのベーシストであり当時は彼のクラスメイトであったマリア・テレサがローデリヒに誘いをかけた。

 「私が入っているバンドで歌わないか?」と。

 そのときすでにヴィリーとファルコの2人とバンドを組んでいた彼女はボーカリストを探しており、授業を通じて知ったローデリヒの歌唱力を求めたのだ。

 今となっては驚くべきことだが、彼女はキーボーディストとしてのローデリヒの能力を全く知らなかった。
 バンドを組むことが決まり、偶々その場にあったキーボードを彼が弾いたときになってようやく判明したという。

 当然、即その場で彼がボーカルに加えてキーボーディストの役目も請け負うことになったのは言うまでもない。

 その才が宝の持ち腐れにならなかった幸運も、もしかしたら彼の才能の一種だったのかもしれない。







 フェリシアーノの持ち込んだ音楽雑誌――昔に発行されたものを、今度取材を受ける参考としてもらったものだそうだ――から顔を上げたギルベルトは、隣で同じように雑誌を読んでいたローデリヒをゆっくりと振り返った。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・なあ、ロディ」
「なんです?ジル」
「これ、誰についての記事だ?同じ名前のついたバンドの同じ名前をしたローデリヒさんの記事か?」
「正真正銘あなたの目の前に居るローデリヒについての記事ですね」
「・・・・・・・・・そうか」
「え、あの、ルート。その言い方って、まるでこの記事が嘘みたいな・・・」
「・・・・・・」
「なんで目そらすの?え、これってどこか違うの?」
「・・・・・・」
「ねえ、どこが・・・。ちょ、ルート!ローデリヒも、どこ行くのー!?」
「・・・・・・」