灰色になりながら壁に纏わりつくスペイン。それに食って掛かるロマーノは見るからに涙目だ。イタリアはドイツに泣きながらしがみつく。フランスは陰を背負いながら部屋の隅で座り込む。 ポーランドは青白い顔で大人しくなり、それを慰めるリトアニアの顔色も悪い。震えるラトビアにエストニアが叫ぶのはいつものことだが、ギリシャとトルコが並んで座っているのに喧嘩しないという奇跡のようなことが起こった。 スウェーデンとフィンランドは怯え半分祝福半分の表情を浮かべる。ハンガリーはオーストリアに付き添い必死で励まそうと頑張っていた。 こんな風に主要国があまりに取り乱したものだから、一番落ち着いていたスイスがキレて議長代理をするという事態にまで陥った。 オーストリア継承戦争や大英帝国時代に被害を被った国には恐怖の権化だが、ナポレオン時代に救われた国にとっては救世主だ。 それに中にはプロイセン最盛期を知らない国もいる。 だがしかしオーストリアとフランスの珍しいタッグに必死の形相で「悪夢の再来」「最凶コンビの誕生」と訴えられれば、萎縮しないわけがない。 そんなわけで阿鼻叫喚の嵐だったと、臨時EU会議(イギリス欠席・加盟候補国参加)から帰ってきたドイツは語った。 「大変だな」 「ああ」 「・・・誰のせいだと思ってるんだ」 他人事のように相槌を打つ先日義姉になったイギリスと、イギリス以外はどうでもいいらしいプロイセンにドイツは頭痛を覚える。 「お前も反対なのか?」 「いや、そんなことはない」 むしろイギリスとさらにはアメリカが身内になるのだから、国としては喜ぶべきだろう。個人としても兄の慶事は祝福すべきだ。・・・イタリア製のいつ爆発するか分からない爆弾を抱え込んでいるような気がしないでもないが、長年周囲の国と上司に迷惑をかけられ続ければいい加減あきらめもつく。 「・・・意外だな」 「何がだ?」 「反対すると思っていた」 誰がとは言わないイギリスの視線ははっきりとドイツに固定されていて、なんの含みもない目にただ純粋に驚いていることが分かる。 英独間の仲は未だに微妙な空気が漂っている。ましてやドイツはEU主要国としてヨーロッパの安定を図っている。纏まりだした均衡を崩すようなことには賛成しないと思っていた。 「・・・個人のことに口出しはせん」 「ふぅん・・・」 これは会議の結論でもある。 こっちに被害が来ない限りは見守ろうという前向きなんだか後ろ向きなんだか判別のつきにくいものだが、今のところそれが最善だ。そもそも反対されて意思を変える様な2人ではないのだ。 もしかしたらこれを機に性格が落ち着いてくるかもしれないという希望観測もでたが、オーストリアの恐慌状態とフランスの混乱はしばらく収まらなかった。あそこまでトラウマになっていたとは思いもしなかったが、彼らの上司が回収していったから大丈夫だろう・・・おそらく。 「じゃあ、これはいらなかったか」 そう言ってイギリスがどこからともなく取り出したのは大判封筒3つ。どれも膨れ上がるほどに書類が詰め込まれている。 「・・・・・・なんだ、それは」 「地図上でヨーロッパとされてるところを、イギリス=プロイセン連合国にできる書類」 「・・・・・・・・・・・・」 「立場上、反対する国もいそうだったから、脅し用にな」 使うつもりなんてなかったぞ?と小首を傾げながら付け加えられたが、心なしかその笑顔は黒い。 数枚抜き出して見て見れば金融制裁やら軍力行使やら国家機密やら、本気で国境抹消できそうな書類が並んでいる。 止めなくてよかったと思うべきなのか、止める方がよかったのか、とりあえず仏墺の反応は正しかったということだろう。内心で、そこまで取り乱さなくてもいいだろうと呆れていた自分は甘かった。 「なんで俺の名前が後なんだよ」 読んでいた雑誌を脇に置いて、プロイセンが書類を覗き込む。 言いたいことはそれだけか?妻が犯罪一歩手前にいるのに止めないのか? 「いいだろ、別に。お前のほうが妻なんだし」 「・・・それはそうだが」 「・・・・・・プロイセンが、妻?」 そういえばフランスもそんなことを言っていた。 「ああ。妻と夫を逆に書いて出したのに受理された」 「本当に入籍するのはヤバイかと思って、気分だけ味わっとこうかと思ってやったのになー。いや、驚いた」 驚いたのはこっちのほうだ。 つまりあれか。入籍するつもりはなかったけど、受理されたからそのまま突っ走ったのか。 「まあそんな感じで事後報告になったけど、よろしく」 こうして端迷惑な夫婦が誕生した。とりあえずドイツの胃が悪化するのは決定らしい。 |