貴方は本当に薔薇が似合うわね。
 赤が一番かしら。白やピンクもいいわ。
 青がないのが残念。貴方の緑の目にぴったりなのに。

 ほら見て。青い薔薇のブローチよ。つけてみて。
 やっぱり似合うわね。
 そう言わずに貰って下さいな。貴方にあげるために買ったのだから。
 今は無理でもいつかつけるようになるわよ。そう、いつか・・・。

 ねえ、ひとつお願いしてもいいかしら?
 いつの日にか、貴方が女性として生きていくようになったら。
 そうね。何千年も先かもしれないわ。ただ、私がそれを見ることができないのは確かね。
 ああ、泣かないで。愛しい方。
 どれくらい先でもいいの。もしそうなったら、あのブローチをつけて私に会いに来て。
 約束よ。貴方のことをずっと見守っているわ。
 お休みなさい。これからの貴方に幸あらんことを・・・

 1603年。イギリスを伴侶とした女王が死んだ。




 最期に見せた笑顔はまだはっきりと思い出せる。

「エリザベス・・・」

 お前の予言どおりになってしまったなと小さく呟く。
 海を見渡せる小高い丘の上に彼女の墓標はある。

「約束どおり会いにきたよ」

 黒いワンピースに黒いベール。首にはジェットのロザリオ。正規の喪服だが、胸に飾られた青い薔薇が掘り込まれたブローチが異色を放っている。

 手に持つのは薔薇の花束。
 赤い薔薇は愛、その葉は無垢の美しさ。白い薔薇は尊敬。
 どれも一重の花なのは静かな愛と敬愛。
 赤い薔薇に白い薔薇を添えると温かい心。
 それに付け加えたのはダークピンク。意味は感謝。

 イギリスに似合うと彼女が言った色。

「青い薔薇はないんだ。ここにあるからな」

 そう言ってそっとブローチを撫でる。
 身に着けたのは彼女から贈られたそのときだけ。
 自分に装飾品なんてものを贈ったのも、それを似合うと言って褒めたのも、彼女が初めてだった。

 ずっと忘れることなくブローチとともにあった約束。
 守れるとは思ってなくて、いきなり女としての身を手に入れたとき、彼女が何かしたのではないかと疑ってしまった。
 彼女の突飛な行動と言動にイギリスは振り回されてばかりだった。

『女だなんて気にしないわ。結婚?私はイングランドと結婚したのです』

 あんなことを言う女王なんて後にも先にもエリザベス1世だけだろう。

 俺の花嫁。私の伴侶。
 今まで会った人の中で一番近くに寄り添った人。

「ベス・・・」

 愛しい人よ。

 ごうと風が吹き抜ける。
 なびく髪を押さえているとふと鼻を掠めた匂いがあった。

 薄っすらと香るローズマリーの匂い。
 エリザベス1世に好まれたハンガリーウォーターと呼ばれた香水の香り。

 ああ、今でも傍に居るんだな。

「・・・また、来る」

 今度は綺麗に着飾って、会いに来よう。
 誰よりも喜んでくれるだろうから。

 






 『よき女王エリザベス一世の遺体はウェストミンスター寺院にある』なんてことは忘れてください。
 
 エリザベス1世はイギリスにとって特別な女性だと思います。何せ妻だし。
 親愛も友愛も恋愛も全部一緒にした愛情があるだろうと。

 ちなみにジェットについて。
 別名・黒石。針葉樹の化石で軟らかく軽い。イギリスのヴィクトリア女王によって広められた服喪用ジュエリー。