部屋に入り目当ての相手が起きていることに気づいた日本は、満足げに目を細めて部屋の奥に置かれたベットに近づいた。 「お加減はいかがですか?」 「日本・・・?」 こうして顔を合わせるのは何百年ぶりだろう。 顔のガーゼを邪魔そうに撫でていたアメリカが慌てた仕草で日本を振り返ったのに、ただ笑みを返してベットの横の椅子に腰を下ろした。 「国同士だけでなくテロや地下組織とも争ったと聞きましたよ・・・。まさかこんな大規模な混乱が起きるだなんて予想もしていませんでした」 「・・・そう、だね」 世界の警察、ヒーローを自称していた彼にとって今回の大戦は精神的にも辛いものだったことだろう。 どうにか停戦の道を模索していたアメリカだったが、結局はあまりにも大きくなった戦乱の渦に巻き込まれることになった。 「あなた方なら・・・いえ、あなたなら世界を救えると思っていたのですが、叶いませんでしたか」 「ご、ごめん」 「謝罪は不要です。最初は静観しようとしていた私たちにも問題はあります」 日本の気迫に押されて謝罪の言葉を口にしたアメリカだったが、強い口調で遮られ口を閉じた。 謝罪が欲しいのならいくらでもする。 これから先のことに協力が欲しいのならどんなことだってしてみせる。 だが、今のこの状況はそのことを告げるにはどうにもおかしい。 ここ数百年で空気を読むスキルを身につけたアメリカは、分かるからこその恐怖を感じ取っていた。 「アメリカくん・・・。貴方に出会って数百年、この日をどんなに待ち望んだことか・・・」 おかしい。 明らかにおかしい。 例えば、ここがどこか分からないことだとか。 例えば、いつも一緒に居るはずのイギリスやスイスがいないことだとか。 例えば、日本の声が含むにはおかしい感情を伴っていそうなことだとか。 例えば、椅子に座っていた日本がいつの間にかベットに乗り上げてきていることだとか。 ぎしりとベットのスプリングがきしみ、シーツにしわが広がる。 本能が危険を告げ、上半身を起こした体勢のまま後ずさった。 「あまり動かないほうがよろしいですよ?傷口が開いてしまいます」 日本が居るのとは反対側のベットの端である壁に背があたり、これ以上後退できないことを知らされる。 「アメリカくん・・・」 四つん這いのような体勢でゆっくりと近寄ってきた日本は、シーツの上でもがくアメリカの脚に自身の脚を置く要領で拘束し、壁に押し付けられた上半身の肩にそっと手を置いた。 戦争で受けた傷が癒えぬままキングサイズのベットしかない部屋で寝かされていたアメリカには、日本を押しのけて唯一の出口であるドアまで走って逃げる力はない。 もしあったとすれば道具で拘束していただろうと日本は心中で呟いた。 実は心中だけでなく実際声に出していて、至近距離で聞かされたアメリカの顔色が悪くなったのは失態だったが失敗ではなかった。 「に、日本。君、何するつもりだい?」 「・・・・・・」 問いに返ってきたのは言葉ではなく満面の花咲くような笑み。 「大丈夫です。天井のしみを数えている間に終わりますから・・・」 あの、それ、日本でのハジメテのときの定番セリフじゃなかったっけ? かなり昔の知識を引っ張り出したアメリカは、次の瞬間にベットの上に押し倒されて状況のありえなさに顔を引き攣らせた。 「少し・・・いえ、大分痛いかもしれませんが・・・」 「それ大丈夫って言えることかい!?」 「何分実践においては初心者なものなので・・・ああ、でも」 アメリカの反論を苦笑いで流そうとした日本は何かを思い出すような目をして、少し間をおいてからほんのりと頬を染めた。 「教えてくださったイギリスさんは、大変お上手でした」 何やってんだいイギリス!! あのフランスをしてエロ大使と言われたイギリスの名前に、本気で洒落にならない事態になりそうだと元兄へ心の中で悪態をつく。 染まった頬を隠すように両手をあてて視線を逸らすという仕草は、その手の人が見れば涎ものなのだろう。いや、その手の人でもこの状況でそう思えたりはしないな。むしろ怖い。 どうにもこうにも纏まってくれない思考に舌打ちしたいやら泣きたいやら。 「訓練はしました。努力はします。お覚悟を!」 「ちょ、ま、待っ・・・」 慌てたアメリカが日本を止めようと肩に手を伸ばしたのと、日本が胸についていた手をアメリカの首元に伸ばしたのは同時だった。 「も、もう・・・」 「いえいえ、あなたならまだいけますよ」 息も絶え絶えなアメリカに非情な応えを返した日本だったが、ドアがノックされる音を聞きつけてアメリカの足を持ち上げたまま顔をドアのほうに向けた。 「どうぞ」 「・・・失礼する」 入ってきたのはイギリス。 書類を片手にした彼は室内の惨状を目にした途端、表情に苦いものをのせた。 「日本・・・」 「なんでしょうか?」 「・・・何をしていたんだ?」 「・・・見て分かりませんか?」 着衣を乱れさせくぐもった声を上げ続けるアメリカを下に敷いたまま日本は答えた。 「トライアングルスコーピオンです」 トライアングルスコーピオン:プロレス技 相手の両足を自分の両手両足を使って交差させる変形逆エビ固め。 「・・・それはサソリ固めだ」 「え?」 「トライアングルスコーピオンは自分の股下に相手の足を引っ掛けてステップオーバーするんだ。それに対してサソリ固めは自分の右脇下に相手の足を引っ掛けてステップオーバー」 ここがこうだとイギリス指導の下、日本が体勢を変える。それに伴ってアメリカが悲鳴をあげた。 「い、痛い痛い痛い!!」 「我慢しなさい!男の子でしょう!?」 「さっきと言ってることが違っ・・・こ、腰!腰が死ぬ!!」 「暴れると傷が悪化しますよ?」 「君のせい・・・ぅぎゃあぁぁぁ!!」 「そうそうその調子」 「イギリっ・・・見てないで、助けっ・・・」 「あー・・・ファイト」 「ひみゃあぁぁ!??」 顔をロックして上半身を反らせるクロスフェイスをかけられたアメリカの悲鳴はもはや言葉になっていない。 「あ、そういえば何が用があったのでは・・・」 「ああ、実はな・・・」 話し込むなら技を解いてからにしてくれ。 悲しいことに彼の無言の訴えが届くことはなかった。 next→第三者の憂鬱 |