「アルフレッド!」

 撮影所を出ると同時にかけられた声に振り向くと懐かしい顔がこちらに手を振っていた。

「ガヴェイン?」

 プラチナブロンドに薄緑の目を持つガヴェイン・カークランドは同い年で高校時代からのモデル仲間だが、最近は音楽活動に専念するとかで撮影所で会うことはなくなった。

「珍しいな。君がこんなところにくるなんて」
「ああ、お前に用があって・・・今、いいか?」

 促されるままに移動した先は近所の喫茶店。
 テーブルごとに壁で仕切られているから芸能関係者の中では寛げると人気のある店だ。

「実は、弟のことなんだ」
「弟?」

 唐突な言い出しに、そういえば彼には2歳下の弟がいたなと思い出す。

「最近兄貴の事務所が弟――アーサーというんだが――あいつに目をつけてな。押し切られた挙句に、この前ドラマのオーディションに出されて・・・」

「えぇっと、その兄貴って、パーシヴァルさんかい?」


 アルフレッドの兄・フランシスと同期であるカークランド長兄のパーシヴァルは俳優として活躍している。その下の次兄・ケイは一時期はガヴェインとコンビでモデルをしていたが今は学業に専念しているらしい。

 ・・・人のことは言えないが、両親が芸能人というわけでもないのに兄弟全員が芸能関係者ってすごくないか?

「ああ。俺は音楽関係以外に知り合いを作ってないからな・・・。パース兄さんが断っても聞きやしねぇんだあの豚狸社長め・・・」
「うん。すごく聞いちゃいけない言葉を聞いた気がするけど気のせいだよな」

 もうひとつ思い出した。ガヴェインは、というか彼ら兄弟の溺愛っぷりは業界内の暗黙の了解なのだ。
 そのブラコンぶりたるや、かつてフランシスがパーシヴァルに仕事の間中惚気話につき合わされたとかで酷く憔悴していたことがあったほどだ。

「可愛いアーサーが汚い芸能社会に放り込まれて歪んだらどうしてくれる!」
「・・・君の弟ってもう高校生のはずだよね?」
「弟はいくつでも可愛いものなんだ!」
「・・・・・・・・・」

 ここまで堂々とされると自分の兄弟関係が正しいのか不安になってくる。

「というわけでアルフレッド!」
「なんだい?」
「手ぇ出したら滅すぞ」
「え、いや、あの・・・ガヴェイン?結構芸能界って広いから会う確立って低いと思うぞ?」
「何言ってんだ。お前、今度新作ドラマに出るだろ」
「・・・ひょっとして『ヘタリア』のことかい?」

 来年撮影開始予定のドラマのオファーが来たのは最近で、まだキャストが揃ってない段階のはずなのだが何で知ってるんだ。
 いや少し考えればちゃんと分かるんだけど、あんまり信じたくないというかなんというか。

「君の弟が出るドラマって、それ?」
「その通りだ」

 いつの間にか契約結びやがって。あいつは俺らと違って繊細なんだから何かあったらどうしてくれる。審査員の奴らが満場一致で合格サイン出したからって役者経験のない奴をいきなりゴールデンに放り込むのかよ。いじめられたらどうするんだ。ああ、思い出したら腹が立ってきた。やっぱり迷惑なお膳立てした連中全員を潰して・・・

 本気の目をしているガヴェインに、余計なことを言えば巻き込まれるだけだろうからと傍観に徹することにして冷めたコーヒーをすすった。
 とりあえずその審査員に自分も含まれていることは黙っておこう。そう肝に銘じて。

 ストーリー内容の発表と同時に、今度は次兄のケイが「アーサーを泣かせるとは何様だー!」と殴りこんできて大騒動になるのだが、このときはそんな予兆なんてなかったのだった。