バチカンを統括する教皇庁からの依頼がギルベルトの下へ来たのは3日前のことだった。
とある街で連続通り魔事件――被害者はいずれも本来の形状が分からないほど切り裂かれて体のあちこちを欠損させていた――が起こり、それが悪魔の仕業らしいので退治して欲しいというものだ。
最初はもう引退した身なのだから自力でどうにかしろと断ろうとしたのだ。そうでなくともギルベルトはその立場故に容易に動ける身でも命を危険にさらせる身でもない。
しかし、オカルトが眉唾物扱いされ科学が現実として蔓延る今の時代では力あるエクソシストの存在はごく僅か。ようするに人員不足で手が回らないということを真摯に訴えられては引き受けざるを得ない。
街に到着して、早速獲物を引きずり出そうとしたところで地元の人間に不審者扱いされたのは計算外かつ不本意だったが、結果は上々だ。
久々の血に塗れた戦闘に高揚する血の望むがままに剣を滑らせ、捕食者から被捕食者へと成り下がった獲物を切り裂く。
時には殴り飛ばし、踏み潰し、蹴りつける。
目に見える最後の一体を葬ったギルベルトは、潜む敵がいないことを確認すると張り巡らしていた緊張をゆっくりと解いた。
剣を握ったままの手を勢いよく振れば、銀の刀身に纏わり付いていた血が掃われて落ちる。地面に落ちた血は大地に浸み込む前に結晶化して砕け散っていった。
路地を埋め尽くさんばかりの悪魔の亡骸も、時間が経つにつれ灰燼となり、最後には風化するでもなく消え失せていく。
悪魔の中には死して尚、亡骸を残す種族も居るが、多くの悪魔は跡形もなく消えていくのが常だ。
武器をしまい服や靴にこびりついた体液の結晶を払い落としながら、ずっと意識だけを向けていた後ろを振り向く。
任務は完了したが、問題が1つ残っている。
何時の間にやら気絶して倒れ付している一般人の処遇だ。
通行人だったならこのまま放置して悪い夢だと思い込ませてしまうのが手っ取り早いのだが――化け物に襲われただなんて、大抵の人間は夢か見間違えだと思うし聞いた人間も信じない――、相手が職務中の警官だったのは少し拙い。
特にこういう正義感の強い、事実を追求しようとするタイプは面倒だ。名前と顔ぐらいしか情報を与えてないが、後々ギルベルトのことを調べ上げ知らなくていい事実まで知ろうとする可能性は例え0.01%だったとしても潰しておくべきなのだ。
「・・・まあ、いい機会か?」
最初に襲われたところに放り捨ててあった荷物を拾い上げると、月明かりだけを頼りに目当てのものを引っ張り出した。
絹で出来た巾着の口を緩めてひっくり返せば、どこにでもあるようなジッポライターが転がり出てくる。側面にヤグルマギクの模様が掘り込まれているそれは、弟子のような知人と共犯者のような知人がイタズラ心で作った”玩具”の試作品だ。
その名も『記憶換えるんです君1号』。
試作品らしいすっとぼけた名前と試作品らしくないやたらに凝ったディティールが弟子らしい。
弟子の家にある漫画から得たネタを素に作ったらしいが、完成したとしたら何に使うのかが考えるのも恐ろしい代物だ。願わくば単なる玩具で終わって欲しい。
「えーっと、使う相手の顔面で・・・」
口頭で聞いた説明を思い出しながら、誤爆防止に付いている止め具を外してフタを開けると気絶したままのエミットの顔面に近づける。
そしてフリント部分――ここまで本物に近づけて作らなくてもいいと思うのだが――を火をつけるのと同じように弾いた。
ぽんっ☆
「・・・・・・・・・は?」
本来なら火が出るべきところから軽い音と共に煙とバネ仕掛けの星飾りが出てきた。
この星は奇跡的な意味で必要なのだろうか。それとも製作者の茶目っ気なんだろうか。
いや、それ以前にこれは効いたのか?それとも実はドッキリ用の玩具だったりしたのか?
予想外の出来事にギルベルトがフリーズしていると、音のせいか衝撃のせいか気が付いたらしいエミットがゆっくりと体を起こしていた。
ダメだったら殴って昏倒させよう。んでもって共犯者を呼び出そう。あいつならどうにか出来そうな気がする。
「えーと・・・大丈b「アルパカの大群は!?」
「・・・・・・・・・」
アルパカ?何がアルパカ?悪魔がか??
「き、君は大丈夫だったか?私のことを庇って一緒に倒れこんだだろう?」
「いや、俺に怪我はない・・・」
「それはよかった。あ、それで、さっきの話の続きなんだが、一度詰所の方まで一緒に来てもらっていいかい?ここ最近、通り魔事件が多発してるから明るくなるまでそこに居たほうがいい」
「・・・・・・ああ、うん」
入れ替える記憶に問題あり。
先ほどよりは幾分か友好的になった彼の話を流しながら、早急に改良の余地ありとの報告をしようと思った。
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