スペインは困っていた。
 どれほどかというと、起床してから延々悩み続けて、時計が時を告げる音を3種類聞いてもまだ頭を抱え続けるほどにだ。

「昨日はなんともなかったんよなぁ・・・?」

 いい酒が手に入ったから飲もうや。じゃあつまみ作ってやるから来いよ。とフランス宅へ来て、一緒に飲み明かして、しまいにはフランス宅の酒も空けて、そのまま床でタオルケットを布団代わりに寝て・・・それからの記憶は当然ない。

「・・・何がどうしてこうなったんや?」

 ここ、フランス宅ダイニング床の上。自分、スペイン。現在、午前11時。隣、・・・フランス、の、はず。

「・・・・・・・・」

 隣にフランスの姿はない。代わりに、昨日フランスが着ていた服とそれに埋もれる様に縮こまって眠る子供が1人。
 いや、子供なのが問題ではない。迷子とかいう無理やりな理由を作れる。
 問題は、その子供の特徴――ウェーブを描く金髪。白く滑らかな肌。桜色のぷっくりとした唇。目は閉じているから見えないが、きっと青いのだろう――があまりにも懐かしく、そして姿の見えない友人そのものであることだ。

「まさかな。いやでもしかし」

 ぶつぶつ呟いていると子供が身じろぎした。
 寝転がったまま手足を伸ばして伸びをすると、瞬きしながらむくりと起き上がる。その目は予想通り透き通った空と海の色。

「う・・・ん・・・?」

 まだ寝足りないのか、とろんとした目をごしごしと擦りながらこちらを見た。仕草が子供そのままであることに気づいて嫌な予感が過ぎる。

「・・・スペイン?なんか大きくなってないか?」
「・・・・・・おまいが小さくなっとんや」

 フランスが、幼児期に戻りました。・・・なんでですか?





***

 なんでこうなったんや?
 自問自答を続けるスペインの正面では仔フランス改めフランクが食事をしている。うっかりトマトを食べさせそうになって一悶着あったが、ここは未来の世界だという説明は意外とすんなり受け止めた。服はフランスのシャツを着せてある。

「・・・スペイン」
「なんやー?」
「ブリタニアは?」
「ブリ・・・ああ、イギリスかい」

 ローマ時代のイギリスの呼び名がブリタニアだ。その名で呼ぶということはフランク王国前のローマに支配されている時代まで遡っているのか。

「・・・そうや、イギリスや」

 超常現象摩訶不思議幽霊妖精なんでもござれなファンタジーの国なのだから、この現象にも対応できるのではないか。
 結論付けると同時に、スペインは携帯の通話ボタンを押していた。

+++++++
 昔、トマトは毒物扱いだったのです。






***

 昼食後のガーデニングをしていたイギリスを邪魔したのは、珍しい人物からの全く冷静でない電話だった。

『奇跡や。超常現象や。いや、何かに化かされとんかもしれんけど!とにかくこれは』
「・・・切っていいか?」
『何いうとんねん!これは見んと損やで、ほんま!』

 だから何を見ろというんだ。このトマト。

「おい」
『フランスが、幼児化したんや!』

 ・・・は?






***


 問答の末にようやくフランス宅へやってきたイギリスは小さくかわいらしくなったフランクを見るなり硬直したが、「ブリタニア?」と名を呼ばれて我に返った。

「フラ・・・ンク?」
「ブリタニアだよな?お前も大きくなったなー」

 フランクの感覚でいくと当時のイギリスは自分よりも小さい子供だ。それがこれだけ成長しているのだから感慨深いのだろう。
 確かこの時代のフランスはまだイギリス征服前だから、それはもう海の向こうの年下を可愛がって警戒心をとこうと一生懸命で、イギリスもといブリタニアも他の人に比べればフランスに懐いていた。・・・その後フランスの上司がブリタニア支配を始めて、修復不可能なまでに仲が悪くなった。(嫌われて落ち込むフランスの愚痴に散々付き合わされたのはスペインなのだからよく覚えている)

 まあこの後の歴史はともかく、重要なのはこの時代のフランスのことをイギリスは気に入っていたということで。
 しかしだからと言って、しゃがみこんだイギリスがいきなりフランクに飛びつくように抱きつくなんて予想できなかったのだ。





***

 ぎゅーーーーーっ
 にこにこにこにこ

「・・・・・・・・・・♪」
「・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・あの、イギリス、さん?」

 リビングのソファーに座り膝の上にフランクを乗せ、ぬいぐるみのように抱きしめてるイギリスは表情には出てないながらも大変嬉しそうだった。
 膝の上にのるフランクは笑顔の大安売りで、その正面に座るスペインは怯えながら眺めるしかない。

 なんか、お花と点描が舞ってて、ほのぼのと空気に書いてある気がするわ・・・。

 遠い目でそんなことを考えるスペインを放置して、和やか兄弟な空気を撒いていたイギリスはふと顔をあげた。

「何でこうなったんだ?」
「・・・わいが聞きたいっちゅーねん」

 そのためにイギリスを呼んだのだが、もし知っていても戻そうとしない気がしてきた。
 誰か助けてくれ。





***

 とりあえず昨日何をしたか話す。適当に相槌をうちつつ、真剣にフランクに構いつつ、スペインの話を聞いていたイギリスはふと顔を上げて未だリビングに散乱する酒の空き瓶に視線を止めた。

「おい。あれ」
「あ?何や?」

 取れと尊大な態度で言われて、さらにフランクにやってやれよという視線を向けられて、指差された瓶を取りに行って渡してやる。

「ほれ」
「ん」
「・・・ブリタニア」

 瓶を受け取ろうとしたイギリスをフランスが呼ぶ。何かあったかと視線を落とせば、窘めるように寄せられた眉に気づいた。

 視線の意味は分かるのだが、いやしかしなーと思いながらももう一度瓶に手を伸ばしてスペインを見る。

「・・・・・・ありがとう」
「お、おお!?」

 イギリスガアリガトウッテイッタ。

 珍しい言葉に本気で驚いていると、膝の上から伸び上がったフランクがイギリスの頭を撫でた。偉いぞーとか言っているのが聞こえて、昔はよくあった躾けの光景だとようやく思い出す。

「・・・この頃のフランスにはほんま弱いんやなぁ」
「うっせぇよ」






***

 手のひらに乗るサイズの瓶はフランス宅にあったものだ。他にも同じような瓶があって、中は手製の果実酒だと言っていた気がする。

「俺のじゃねぇか、これ」
「は?」

 そういえば瓶のラベルは英字だ。ということはイギリス作の酒だったのか?結構おいしかったのに?

「・・・なんだその不信そうな顔は」
「いや、なんちゅーか・・・うん」

 なんで飲み物はまともなんだ、この国。

「・・・なんでイギリスん家の酒がここにあるん?」
「たまにフランスの奴が勝手に持っていくんだよ。代わりに料理とかワインとか置いていくから放ってるんだが・・・これ、酒じゃない」
「・・・は?」

 瓶をひっくり返して底をみたイギリスは顔をしかめた。

「薬だ。それも結構古い、秘薬」
「ひやく?」

 なんで薬を酒瓶に入れてるんだ。いやそれは今問題にすることではない。

「なんの薬なんや?」
「・・・・・・・・」

 しばらくの沈黙の後、イギリスは口を開いた。






***

「忘れた」
「なんでやねん!」

 見事な足ズッコケを披露したスペインはそのノリのままイギリスにツッコんだ。フランクはおろおろと2人を見回している。

「たくさんあるからな・・・調べれば分かるんだろうが・・・」

 そもそもなんで別の棚に置いてある薬をフランスが持っていったのかが分からない。酒に紛れ込んでいたのか、好奇心に駆られたのか、それともイギリスに住み着く誰かのイタズラか。

「ま、まあ、とりあえず、治す方法はあるんやな?」

 治す気があるんやな?とは聞けなかった。もし無いとか言われても説得するなどスペインには不可能だからだ。

「調べてみてからだけどな・・・まあ、とりあえず」
「とりあえず?」

「写真、撮っとこう」
「・・・・・・・・・・せやな」

 この後、ハンガリー・日本を巻き込んだ撮影大会が開かれるとは、イギリスですら予想していなかった。