初めてやって来たときの第一声は挨拶をすっ飛ばした「ジャムちょうだい」だった。前の話し合いのときにロシアンティーに添えたものを気に入ったらしい。

 2回目の訪問は「お礼を持ってきたんだ」だった。包装されていない丸裸の向日葵を渡された。

 その次はジャムがなくなったからとお代わりを強張られた。そんなにたくさんは作ってないからないと告げたらわざわざ材料を買ってきてまで作ってと言われた。

 それ以来ジャムとお礼の訪問が繰り返されている。







 つまり今ロシアが家にいて、リビングで妖精たちと戯れているのはそんなやりとりを繰り返した果ての光景だ。

 一言で言えば、慣れた。

 最初は何か裏があるんじゃないかと疑った。けど妖精を見て喜ぶ姿に追い返す気をなくしたのがそもそもの敗因だ。
 驚いたことにロシアはユニコーンも見ることが出来る。
 まだフランクだった頃のフランスですらユニコーンは見えなかったのに、だ。フランクにイングランドだったイギリスを支配しようとする下心があったせいなのだろう。ユニコーンは子供のような純粋さ以外を怯えの対象として忌避するから。
 ということはロシアは純真なのか。いやあの黒さは確かに子供じみた狂気なんかを感じるけど、だから無害と言うわけではないのだからして・・・ああもうなんで俺こんなに警戒心薄れてきてんだ。自己暗示かけてる時点で色々とやばい。

 ロシアはほぼ一週間毎にやってきてはお茶をして帰っていく。
 半月でジャムを消費している計算になるのだが、あげているのはそんなに少ない量でもないのに一体どういう使い方をしているのか。
 尋ねたことはないが空の瓶を持ってきている辺り、ちゃんと食べきっていると言うことか。捨ててまでやってくる理由は思いつかないから多分そうだろう。

 ティーカップの中のお湯を捨てて布巾で水気をふき取ってからポットと一緒にトレーにのせる。
 ジャム(この時期はブドウとリンゴだ)とクロテッドクリームにスコーン。

 ノックをしてリビングに入れば、満面の笑みを浮かべたロシアがソファーに座って膝の上にユニコーンの頭を乗せて撫でていた。

 ・・・平和な光景だなぁ

 あれこれ考えている自分が嫌になってくる。

「紅茶、置いとくぞ」

 テーブルにカップをおいて紅茶を注いで自分も向かいの席に座る。
 ロシアから離れて寄ってきたユニコーンのたてがみを撫でてやれば心地よさそうに目を細めて膝の上に落ち着いた。

「・・・いいなー」

 紅茶のカップを両手で持ったロシアがこちらをまっすぐ見ながら呟く。その視線の先にはユニコーン。

「お前、さっきまで散々構ってただろう」
「んー・・・そっちじゃなくてさー」

 首を振って否定を示したロシアは視線をあげてイギリスを見た。

「羨ましいのはその子のほうかなー」
「・・・・・・は?」
「僕にも膝枕してよ」
「はあ!?」

 駄目?と尋ねるロシアにイギリスが返答するよりも先にユニコーンが動いた。
 イギリスの頬に口先を摺り寄せてから離れて、小さく鳴く。

「ほら、いいってさ」

 俺の意思は無視なのか。
 そう思っているうちにカップを置いたロシアが近づいてきて、イギリスとテーブルの間の空間に膝をついて顔面からイギリスの膝の上に乗っかった。

 ・・・なんか違う気がするんだが。
 これって膝枕なのか?ソファーに横になって頭だけのっけるもんじゃないのか?
 てかなんでさりげなく腰に腕が回ってるんだよ。

「イギリス君」
「・・・なんだよ」
「頭なでてよ」
「・・・・・・・・・」

 本気で訳が分からない。
 だから言われたとおりに撫でてやった。ほんわりと顔が緩んで、気持ちよさそうに目を閉じて、頬を擦り付けるように頭が動いて。

 可愛いなと初めて思ったのがこのときだった。






「それが間違いだったのか・・・・?」

 膝枕をしたことは置いておいて、あのとき犬を抱くかのような体勢だったのが悪かったのかもしれない。
 相変わらずロシアはジャムだお礼だと家にやってきて、紅茶を飲んで膝枕をねだって帰っていく。ただ最近では泊まったりするようになった。

 なんか甘やかしたくなるんだよなぁ・・・

 どうした俺。
 悩むこと数日。とりあえず出た結論としてこいつを犬猫動物と一緒にしてしまってるのではないかということだ。

 てかなんでこいつは床に座って抱きつくんだ。服が汚れるし体だって楽じゃないはずだ。
 というわけでいつものように近寄ってきたロシアにソファーに座るように言ってみた。

「なんで?」

 本当に本気で不思議そうな顔をされた。そのあと何故か泣きそうな目になった。

「・・・もう嫌?」
「いや、そういうわけじゃなくてな」

 これは泣きそうというより怯えているのか。

 隣に座ったロシアはやはり自分より大きくて、でも手を伸ばせば頭を撫でることが出来た。

「お前、いつも床に座るだろ?だから」
「・・・だって」

 俯いたままでロシアがイギリスの言葉を遮る。

「してもらったこと、ない、し・・・」

 ああ。と色んなことが腑に落ちた。
 彼は知らないのだ。温かい手も優しい言葉も落ち着ける場所も何一つ。それこそ兄たちから疎まれ孤独に生きていたイギリス以上に、白く冷たい世界に生まれ落ちた彼は未だにソレを与えられたことが無いのだ。

 だから甘やかしたいと思うのか。
 寂しさを知るが故の共感のようなものが、彼を可哀いと感じるのだろうか。

 しかし、さて、だからといってどうしたものか。
 しばし考えて、実力行使が一番だろうと結論付けて、無防備なロシアの肩に手を置いて思い切り引っ張った。

「うわぁ」

 引かれるままに倒れこんだロシアは狙い違わずイギリスの膝の上に突っ込んだ。

 何が起きたのか把握しきれずに硬直しているのを見て、いつのもように頭を撫でてやればゆっくりと緊張が抜けていく。

「床に座るよりこっちのほうが楽だろう?」
「・・・・・・うん」

 ごそごそと動いて落ち着く位置を見つけると止まったロシアは、向こう側を向いていて表情は分からない。

「あのさ」
「なんだ?」
「・・・・・・ありがとう」

 小さく、それでもはっきりと告げられた言葉に、イギリスは笑みを深めてロシアの赤くなった耳を撫でてやった。

 



 





 あはははは。誰だこれ。
 下の方におまけあります。雰囲気壊します。

 ロシアの紅茶は濃い。とにかく濃い。それを好みで薄めて飲む。それとロシアンティーに使うジャムはヴァレーニエといって果実がほとんど原型そのまま残ってるものだそうです。ちなみにパンにつけたりするジャムとは区別されたもの。
 あとイギリスでのロシアンティーはレモンティーです。







おまけ

 懐いてくる大型犬。そんなイメージは湧くものの、それでもこいつを動物と同格とは思えない。
 だがしかし・・・
「かわいいなぁ」
 ずる どさっ
 じっとして動きのなかったロシアの体が傾いで膝とソファーから落下した。
「ろ、ロシア!?」
 床に落ちて寝転がったままのロシアに慌ててかがみこめば、耳どころか首まで真っ赤にしている。
「・・・イギリス君ってさ、なんか凄いよね」
「は?何が?」
「あと鈍いよね」
「??」