たっぷりのクルミが香ばしいエンガディナー。
 なめらかさっぱりのレアチーズケーキ。
 さくさくさっくりの歯ごたえが楽しいギプフェル。
 ふわふわスポンジのガトーショコラ。
 幸せになるメープルシロップをかけたチュロス。

 テーブルからはみ出さんばかりに並べられたたくさんのスイーツを目当てに飛び交う妖精たち。

 紅茶は春らしくフランボワーズをストレートで。

 向かいの席にはピーターラビットの描かれたティーカップに顔を綻ばせる可憐な少女。

 絵に描いたようなメルヘンな茶会において、語り合う話題は『最近の兄と友人のバカップルぶり』。

「・・・なんだかなぁ」

 疲れのとれるカモミールティーにするべきだったかもしれないと、零れ落ちそうな溜め息を紅茶で流し込んだ。




 まだるっこしいスイスと日本をくっつけてしまおうという目的のための作戦会議の場であったお茶会は、彼らがくっついてからも報告会という名目の下で続いている。
 いや、むしろその回数は増えた。原因は言わずもがな、彼らがお付き合いを始めた事で双方の愛情表現(?)が開放的になり水面下だった被害が表面化してきたからだ。
 もはや作戦会議というよりも被害者の寄り合いである。

 最初の茶会は兄の想いを成就させてやりたいと思ったリヒテンシュタインから相談を持ちかけられたことから始まる。
 つまり、この付き合いは彼らの恋愛期間と同期間であり、その時間は年数にすると早・・・・・・

 嗚呼、数えるのはやめよう。気が遠くなってきた。

 しかし、少し思い返してみただけでも長い道のりだった。
 リヒテンシュタインとあのじれったい2人をどうにかくっつけてしまおうと密会を繰り返し、裏工作を張り巡らせ、陰に陽に奮闘した日々は早々には語りつくせないほど波乱に満ちていたと言える。

 本当に大変だった。

「あの、イギリスさんは寂しいですか?」
「・・・・・・は?」

 しみじみとこれまでのことを振り返っていたイギリスは、リヒテンシュタインの問いに間の抜けた声を発してしまった。

 寂しい?誰が?

「・・・・・・俺が?」
「はい」

 寂しい・・・。寂しい、か。
 まあ確かに仲のいい友人2人がくっついてしまえば、共に行動することが少なくなるし、見えない壁があるかのような疎外感を味わうことだってある。

 リヒテンシュタインが問うているのはそういうことなのだろう。

「・・・君は寂しいのか?」
「いいえ!・・・・・・いいえ、寂しくは、ないです」

 そう言う彼女の表情に強がっている様子はない。

「私はお兄さまが幸せならいいのです。・・・未だにお付き合いしている事を教えていただけないことは少々不満ですが」
「ああ・・・。君にも黙っているからな、あいつは」
「いつかは教えていただけると信じております。そのときには『ずっと前から知ってました』と言って驚かしてさしあげましょうね」
「・・・・・・赤面してぶっ倒れそうだな」

 こういった強かさというか、芯の強さは流石スイスの妹といったところか。
 さすがはリヒテンシュタイン。あの日本をして漢女(おとめ)と言わしめただけのことはある。

「俺も、寂しいと感じた事はないな」

 リヒテンシュタインという同志が居るからというのもあるのだろうが、最初から覚悟していたからというのが最もな理由だ。

 なにしろ、あいつらは出会った当初からああなのだから。
 
 あれはまだSDという名を使っていたときのことだ。
 急なアポイントメントと共に日本が駆け込んできたのだ。

 『イギリスさん。あの、同盟加入の打診が来てるんです。スイスさんというヨーロッパの国で、金の髪に碧の目をお持ちの方でした。とても凛々しいお顔立ちで・・・。
 あ、ご存知ですか?よろしければどのような方か教えていただけませんか?出来るだけこと細かくお願いします。好きな食べ物とか趣味とか好みのタイプとか。
 いえ、お会いしたのはまだ数回ほどです。とても優しい方ですよね!近くに来るたびにチーズや花を持って寄ってくださって・・・。何かと気遣ってくださいますし。
 で、ですから、その、お返しをしたいなと・・・。
 べべべべべっべつ、別に!下心があるとかないとかそういうのじゃなくてデスネ!
 これから一緒にやっていくわけですから、人間関係を出来るだけ円滑かつ快適に作りたいというだけのことでして、もっとお近づきになりたいといいますか一線を越え・・・・・・いえいえいえいえいえいえ!何も言ってませんとも!空耳です!』

 それからスイスの加入が決まって間もなく、今度はスイスがやって来た。

 『今度、お前達の同盟に加入することになった。まあ、よろしく頼むのである。というわけで日本について貴様が知っている情報を全て寄越せ。
 軍事目的や政治目的ではない。吾輩個人の興味だ。
 と、ところでだな。日本はその・・・吾輩のことについて何か言っていたか?』

 ・・・・・・・・・・・・・フッ (´ー`)┌

 なんでこんなに詳しくはっきり覚えてるんだろう。
 自覚ないながらも衝撃だったんだろうか。・・・・・・うん、色んな理由で衝撃的だよな。一目惚れを目の当たりにさせられたとか、これからその2人と一緒に行動する始まりがコレだったとか、恋が人を変えるという噂の証明を見せ付けられたとか・・・。

「俺にとってあの2人と一緒に居るってことは、あいつらがくっつくことを前提とした付き合いだったからなぁ・・・」

 彼らから齎される被害を諦めて受け入れるくらいのキャパシティは覚悟していたのだ。
 とはいえ、割り切りきれないところがあるのも仕方のないことで。
 
 とりあえずもしもうしばらく待っても彼らが自身たちのことを話さないようであれば、リヒテンシュタインにこの昔話をしてやろう。

 そして、何時の日か存分に赤面して慌てふためくがいい。