CMを新バージョンにするぞ!と意気込んだ監督とプロデューサーに出された案によって連れてこられた母国は、秋の盛りを過ぎかけた肌寒い頃だった。

「風流ですねぇ・・・」

 色づいた紅葉が風にのって散っていくのをガラス1枚隔てた旅館の中から見て、菊はしみじみと息をついた。

 前回の訪日とは大違いだ。
 あのときは、富士の樹海で共演者が失踪して捜索隊が組まれるは、うっかり自殺者死体を見つけるは、心霊現象がおこって専門家のところに駆け込むことになるはで落ち着く暇などなかった。

「温泉にでもつかってきましょうかねぇ」

 タダなのだから寛いでおこうと部屋のある本館から温泉のある別館へ向かう途中。渡り廊下からみえる旅館の庭を眺めながら歩いていた菊は、赤と緑の葉の合間に見慣れた金色をみつけた。

「おや、あれは・・・」




 ぱしゃりと音を立てて、白と赤の色を持った体が波紋を広げながら翻った。差し込む日光に反射した鱗が金銀に光っている。

「綺麗ですね」
「ふぇ!?」

 不意にかけられた声に驚いて変な声が出る。
 慌てて振り返ると温和な笑みを浮かべた菊が立っていた。

「ほ、本田さん・・・」

 撮影時のスーツ姿のままのアーサーは慌てて立ち上がって菊に向き直った。

「お疲れ様です。アーサーくん」
「あ、はい。お疲れ様です」

 ぺこりと頭を下げてくるアーサーは菊の目からみればとても初々しくて、可愛がってやりたくなる。たまにお菓子をあげて頭を撫でて膝にのせたくなる。もちろん小柄なのを気にしている高校生にそんなことはしないがいつかやってみたいと思う。
 時折「獲物を狙う獣の目をしている」と言われるのは、まあご愛嬌だろう。

 ちなみにこのあと、温泉に誘ったことに他意はない。決してない。




 一緒に湯につかって、する会話といえば共演者たちの話になるのは当然といえた。

「前はあまりゆっくりできなかったんですよねー」
「・・・そういえばそんなことをアルフレッドさんが言ってました」

 日本から帰ってきたアルフレッドは数々の災難のせいで憔悴しきっていて、フランシスに引きずられるように帰宅した。
 しばらく再起不能だったらしい。

「アーサーくんはアルフレッドくんと仲いいですよね」
「えぇと・・・そう、なんでしょうかね・・・?」
「お2人とも楽しそうですから」
「本田さんも王さんやイムさんとは仲がいいですよね」
「ああ、イムさんとは昔、日韓共同映画の撮影のときに会ったんですよ。王さんはそのときの演技指導兼ゲストととして招かれてたんです」
「それってイムさんの日本デビュー作のやつですか?」
「おやご存知で?」
「え、映画好きの友人がいるんでっ!!」

 顔が赤いのはのぼせているからではないのだろう。

 あーかわいいなー

 なんだか孫を見る祖父の気分だ。
 今ならこれ以上もなくリアルに演技できることだろう。

 芸能生活ウン十年。まだまだ学ぶことは多い。

「・・・本田さん。大丈夫ですか?」
「え?・・・あ、はい。すいません、少し走馬灯を見ていました」
「そうまとう?」
「私の母国の言葉で・・・過去の思い出が一気に頭に浮かんでくることですよ」

 日本語初心者の彼に実際の意味よりは端折って答えると、なんだか輝いた目が返ってきた。

「本田さんって兄さんたちより芸能歴が長いんですよね。思い出も色々あるんでしょう?」
「ええ、まあ・・・」

 聞きたい聞きたいと全身が話しているようだ。
 この後の参考にとでも考えているのかもしれない。

 頑張り屋さんですからねぇ・・・

 苦笑いをひとつ零して菊は口を開いた。


 最初はアイドルユニットから始めたんです。
 えーと、フラワーカルテットってご存知ですか?
 それが芸能界デビューで、他にもドラマや映画にでたりして・・・
 事務所と大喧嘩したこともあったんですよ。で、一回事務所をやめてるんです。
 その後、大学の友人づてに知り合った方たちと自費で映画を作って、それが成功しましてね。そのときの収入を元手に自分たちで事務所を建てたんです。それが今の私が所属している事務所の前身ですね。
 最近は中国や韓国を中心としたアジア全体に手を伸ばす大会社になってますが、最初は本当に小さくてボロいところでした。あ、イムさんや王さんが『ヘタリア』に出ることになった理由もその事務所の推薦のせいです。
 ・・・・・・あのときの王さんの説得は見ものでした。
 いえ、まあ、色々あったんです。


 興に乗った菊の話は止まることなく続き、のぼせたアーサーがぐったりとなるまで止まる事がなかった。

「すいません、本田さん・・・」
「いや、こちらも調子に乗りすぎました・・・」



 なお――話の途中で明かされたカークランド長男の恥ずかし青春失態談がちょっとした騒動を引き起こすことなど誰も気づいては居なかったという。








雨軒さんへ>
リクエストの『菊のプロフィール』です。
単なる説明文じゃつまんないから小説にしよう!と思ったら予想以上に時間がかかりました。
おかげでこんなに遅く・・・(汗)。
駄文ですがこんなのでよければお持ち帰りください。