1815年。皇帝復位を求めたナポレオン率いるフランス軍と、イギリスを始めとした第七次対仏大同盟参加国の戦争が起こった。
 フランス軍はリニーの戦いでプロイセン軍を破る。 しかしその側面を突くはずであったフランスのネイの軍団がカトル・ブラの戦いにおいて足止めをくらい撃滅には失敗。
 その後、ワーテルローでイギリス・オランダ連合軍がフランス軍と激突。
 最初はフランス軍優勢であったが、グルーシーの追撃を振り払ったプロイセン軍が到着し、フランス軍の敗退で幕を閉じた。



「遅い」
「・・・開口一番にそれか」

 戦争終結による安堵感の広がる軍人たちの中にイギリスを見つけたプロイセンが声をかければ、 再会の言葉よりも先に文句が降りかかってきた。
 かわいくない。顔はかわいいのに態度はかわいくない。 悪友が前に愚痴っていた内容を思い出してしまうほどに尊大な態度をとるイギリスを殴ってやろうかと考えて、その肩に滲む赤に気づいた。

「おい、それ・・・」

 無意識に手を伸ばして触れれば、小さな悲鳴と共に体が離れる。手のひらに残る濡れた感触に怪我をしているのだと分かった。

「お前馬鹿か!?手当てしてねぇのかよ!」
「うっさい!忙しくて忘れてたんだよ!」

 数歩離れて、怪我をしていないほうの手で肩を覆って睨みつけてくる。よく見れば顔色も悪い。
 前の戦いのときもこんなことがあった気がする。というか実際にあった。 ついでに知るべきじゃなかったことまで知ってしまった。

「ったく。来い!」
「は?いや、待っ」

 慌てるイギリスを引きずるようにして救護用テントまで連れて行く。まだ何か言っているのを聞き流して、包帯と薬をもらって使っていないテントに放り込んだ。

「脱げ」
「・・・自分でするからいい」
「片手でかよ。いいから脱げ」
「うぅ・・・」

 手当てされるのが嫌なのか、異性に肌を見られるのが嫌なのかは知らないが、しぶしぶ軍服を脱ぐ。
 露わになった傷は出血は少ない割りに深くて歪に広がっていた。まるで銃創を広げたような・・・

「お前・・弾をナイフで抉り出しただろ」
「ああ。指が届かなかったんだ」
「・・・そこまでするんなら手当てしろよ」

 せめて布をあてるとか、薬を塗るとか。それ以前に参謀肌で国の癖に前線に出すぎだ。

「?ちゃんと熱で消毒したナイフでやった」
「そこが問題じゃねぇよ。傷が残るだろうが」
「・・・別に、いい」
「よくない」

 お前、女だろう。
 口に出さずとも言いたい事が伝わったのか、イギリスは不快そうに顔をしかめた。 女扱いされることを嫌っていると知ってはいるが、だからといって放っておくつもりはなかった。

 包帯を巻き終わって軍服を肩にかけてやれば慌てたようにその手を振り払われる。本当にかわいくない。
 それでも、こちらを見上げてくる鋭い目に恐れ以外を感じるようになったのはいつだったか。もう覚えていない。

「俺を、女として扱うな」
「扱ってねぇよ」

 苛立ちを抑えるように傷ついた肩を掴んだ手に力が籠められるのを見て、その腕を引き剥がすようにはずさせた。 白い包帯に薄っすらと血が滲んできている。
 本当に、こいつはどこまで自分を蔑ろにする気だ。

「もう構うな!」

 掴まれた手をはずそうともがくイギリスの体を押さえつけて、プロイセンは苛立ちのまま叫んだ。

「うるせえ!好きな女が傷ついてるのを放っておけるか!」
「・・・・・・・・・へ?」
「あ?」

 ぴたりとイギリスの動きが止まる。つられるようにプロイセンも動きを止め、先ほどの自分の言葉を反芻した。

 今、微妙に恥ずかしいこと、言ったよな?俺。・・・あ、イギリスが赤くなった。

「な・・・」
「な?」
「何血迷ったこと言ってやがる!」
「いや、本心だが・・って、え?」

 顔を真っ赤にしてスラングで悪態をつきながらも腕の中に大人しく収まっている姿が可愛いと思うのは、恋が盲目なせいか万人共通なのか・・・いや、今はそれが問題なのではない。しかしあれだ、勢いって凄い。

 人の頭は混乱を通り越すと、開き直りに向かう。もう成るように成れとイギリスの体を抱え込んだまま屈みこんで口付けた。
 軽く触れ合うだけにとどめてそっと放す。見下ろした顔は呆然としてこっちを見上げていた。

「イギリス」
「あ・・・」
「俺は」
「・・・ろ」
「お前のことが「やめろ!」

 静止の言葉と共に体を突き放されたプロイセンの目に入ったのは、怯えたようにこちらを見据えるイギリスの姿だった。

「イギリス・・・?」

 どうかしたのかと問おうとしたが、それすら外からの声に遮られる。

「カークランド卿。おられますか?」
「あ、ああ。今行く」

 プロイセンの問うような視線と先ほどまでの雰囲気を振り払うようにイギリスはテントを出て行く。
 後を追うことも、引き止めることも出来ずにそれを見送ってプロイセンは溜め息をついた。

「何だってんだ・・・?」

 呟いた疑問に答える存在は、どこにもいなかった。








 プロイセンは恥ずかしいことを素面で言いそう。フランスみたいに口説くつもりで言ってない分、言われたほうがひたすら恥ずかしい。ここでは両者とも赤面してますが。