夜、兵たちが眠りに着いた頃を見計らって寄宿舎を抜け出したイギリスは、行く当てもなく月明かりだけを頼りに閑散とした荒野を歩いていた。

 明日国に帰るためにも体を休めないといけないことは分かっている。しかし、どうしても昼間のことが頭をよぎって落ち着いていられなくなるのだ。

 思ってもみなかったことを言われて、キスされて・・・。

『俺は、お前のことが・・・』

 後に続く言葉なんて、それまでのやりとりから聞かなくても判る。だから、止めた。拒絶にも近い形で突き放して――逃げた。

「・・・嫌われた、よな?」

 永い間男として生きてきたから男であることが楽で、だから女としての自分に関わってこようとする存在が厭わしかった。

 なんで?――性を偽る自分を突き崩されそうだから。生きるためには偽り続けなくてはならないから。

 じゃあ、あの男が気になるのは何故?

 そっと指で唇に触れる。戦場の乾いて粘ついた空気に晒されたそれはかさついていて、触り心地のいいものではない。

 キスされたことは、嫌じゃなかった。

「っ・・・」

 歩みを止めて、しゃがんでうずくまる。

 気づいてはいけない。気づいても認めてはいけない。
 ずっと目をそらして、これからもそうやって過ごして・・・。
 そう、それがいい。嫌われたほうが都合がいい。愛情なんていらない。そんなもの――

「イギリス!」
 
 名を呼ばれて、反応を返す前に強い力で引き上げられた。
 すぐ目の前に先ほどまで考えていた顔があって、それが安堵の色を浮かべながら自分を見ていて、どうすればいいか分からなくなる。

 なんで

「なんで・・・」
「お前が部屋にいないからだろうが。怪我人が出歩くんじゃねぇよ」

 部屋に居なかったから、探しに来たのか?
 それも愛しているからだというのか?
 敵国なのに?いつか殺しあうのに?どうせ・・・。

「どうせ、いなくなるのに」
「おい?」
「皆、結局いなくなるのに、なんで」

 怖いのは・・・。何よりも、嫌なのは・・・。

「どうせ失うくらいなら、最初からないほうがいい」

 傷つくのは嫌だ。そして傷から逃れることの出来ない弱い自分が嫌だ。

「だから」

 だから

「『愛している』と言うのなら」

 俺を愛すると言うのなら

「これ以上、近づくな」

 これ以上、脆い心を晒させないで。

 体を離して、無言で立ち尽くすプロイセンの横を通り抜けようとした。これ以上ここにいたくなかった。 
 結局のところ、それは無理だったのだけど。

 前触れもなく視界が反転して、気づけば地面の上に寝転がっていて、逆行で表情の見えないプロイセンがイギリスを見下ろしていた。傷に障らない様に肩の下に腕が置かれているから、まるで抱きしめられているようだ。
 抗議の声をかけるよりも先にプロイセンが口を開く。

「分かった」
「なら・・・」
「お前の言い分は分かった。だからその上で言い直そう」

 耳元に口を寄せられて逃げようと頭を動かせば、片手で押さえ込まれて固定される。

 これ以上何を言うというのか。惑わすための戯言なんて聞きたくなかった。

「もうやだっ・・・!」

「愛させろ」

 聞こえた声は思っていたよりも悲壮を含んでいて、一瞬何を言われたのか分からなかった。呆然としていると、もう一度繰り返される。

「俺に、お前を、愛させろ」
「プロイセン・・・?」
「好きでもない奴と好きと言われても嫌だというんなら俺も諦める。そうじゃないなら・・・お前を好きだっていうことまで否定するな」

 顔が見えないのが恐い。あまりにも声が悲しくて、泣いているのではないかと思った。

「見返りなんていらないから。愛してくれなんて望まないから。俺は」

 聞いてはいけない。
 でも止める手段なんてない。

「お前を失うことだけは、嫌なんだ」







 


 はい、こんな感じでお付き合い(?)が始まりました。ベクトルは普→→→←英です。
 はっきりと表現してませんけど、両思いですよ。
 英が乙女・・・、普がもうオリキャラの域に達しそうな雰囲気です。不憫オチも書くべきか・・・。

 この後、数百年かけて普が英を口説き落とします、仏並みに(笑)。ゴールはプロイセンとドイツの統合ぐらいで、消えかけたプロイセンを前にしてイギリスが「俺もお前を失くすの、嫌だ」とか言ってあれこれ手を回して消失からは逃れる。
 英は愛情を注ぐことにためらいがなくなったら、デレ100でいくと思います。んで、あの夫婦になると。