読み終わった本を置いた神聖ローマは窓の外を流れていく雲を見上げていた。

「・・・・・・暇だ」


 魔王として魔界を治める神聖ローマには他の領地と同様に政治業務がある。
 しかし、魔界は言ってしまえば小国であるため――なにせ魔界全土は城から見渡せる程度広さなのだから!――そう忙しいことはない。
 他国とは隔絶されているので外交もない。時折はた迷惑な同族についての話が持ち込まれることもあるが、そのほとんどは優秀な側近たちによって神聖ローマの手を煩わす間でもなく片付けられる。

 なのでこうやって頻繁に訪れる余暇を本を読んで過ごすのだが常なのだが、ここ最近で目ぼしいものは読みつくしてしまった。

 外に散歩に出かけようかとも思ったが、つい先日まで体調を崩して寝込んでいた病み上がりの身では出かけようとした時点で引き止められてしまうだろう。
 生来体の弱い神聖ローマに対して側近たちは揃って過保護なのだ。

 生まれたときからの扱いに今更異論を唱える気もないが、こういうときは不便だと感じてしまう。 
 
 ぼんやりと外を眺めていた神聖ローマは寝そべっていたカウチから起き上がり、廊下へと出た。


 神聖ローマが自室として使っている一帯は居住スペースとされていて、側近すら立ち入ることは許されていないし衛兵もいない。
 侵入者はここに到るまでに確保されるような仕組みになっているし、仮にここに立ち入ることができたとしても神聖ローマが唯一傍らに置く”弟”に処分されて終わりだ。

「マリア!」

 気配は近くにあるから声の届く範囲には居るのだろうと名を呼ぶ。
 
「マリア、どこにいる?」
「お呼びですか、陛下」

 こちらから出向くべきだろうかと足を踏み出したところで、何処からともなく現れた銀髪の男が傍らに膝をついた。マリアというたおやかで儚そうな女性名を名乗るには不似合いな野性味を持つ精悍な男だ。
 柘榴の蜜を煮詰めたような目が敬愛と崇拝の色を宿して神聖ローマを仰ぎ見る。

 部下としての礼節を弁えた所作に神聖ローマは不愉快そうに眉をしかめた。
 「マリア」と2人きりの時しか使われぬ名を繰り返されて、望まれているのが臣下の礼でなく兄弟の語らいであると察した”弟”は苦笑いを浮かべながら立ち上がる。

「どうかしたのか?兄上」
「暇だ」

 

                                                   魔王、暇になる。


「本は?」
「読みつくした」
「じゃあチェスでもするか?それともカードがいいか?」
「・・・チェス」