ここ最近、魔王は治療不可能な発作にみまわれていた。

「イタリアに会いたい・・・」

 その名も『イタリア欠乏症』である。
 10年以上前から発病しているが、ここ最近は特に酷い。

 相手は南の大国の王族。城から容易に抜け出すことはできないし、いつも暇なわけじゃない。神聖ローマも、こちらは主に体調の問題で、気軽に魔界を離れられない。だから月に1回会えればいいほうだった。
 ここ最近はイタリアが勇者のパーティを手伝うようになったのでますます会うスキがない。
 文通は滞りなく続いているし、勇者が派手に動いているので噂には事欠かないが、やっぱり近況は本人から直接聞きたい。

「いたりあああああ」

 遠くから見守ったり、気づかれないように手助けしたりはしたが、それじゃあ足りない。
 近くで顔を見たい、喋りたい、触りたい。

 叶うのならばずっと一緒に居たい。
 だけど互いの身分が責務が矜持がそれの邪魔をする。

「ううう・・・」
「そんなに会いたいんならいっそ攫っちゃえばいいんじゃねぇの?」
「そんなことをしたらローマ帝国と戦争になるだろうが!もしあいつの国民を傷つけでもしたら、イタリアに嫌われる!」
「あー、はい、ソウデスネ。じゃあもうローマ帝国が滅亡するとか」
「ローマが居る限りそれはないだろう」
「クーデターが起きて王家が排除されるとか」
「イタリアが怪我をしたらどうするんだ」
「皇帝に追放されるとか」
「仲を取り持とうと奔走する自分の姿が浮かぶな」
「よし、諦めろ」
「いたりあああああああああ!」

 弟の取り付く島もない言葉に――発作が起こる度に同じ会話を繰り返しているのだから投げやりにもなる。――神聖ローマはイタリアの写真を抱き込んだままソファーに倒れこんだ。

「拗ねんなよ」
「イタリア・・・」
「もういっそ城に忍び込むか?時間くれたら俺が城の連中に小細工してきてやるぜ」

 というか、城に居る腐れ縁の側近に話を持ち込むだけですぐにでも会う手はずを整えてくれるだろう。
 隠れブラコンの皇帝が妨害してくるかもしないが、イタリアの方も会いたがっていれば難易度は下がる。

 ついでにヴェストの顔見に行こうかなーと考えながらうごうごしている神聖ローマを見守っていると、彼は天啓を受けたかのように唐突に起きあがった。

「マリア!」
「なんだ、兄上」

 さあ、どうくる。会いに行くのか、見に行くだけで留めるのか。
 気楽に返事をしたプロイセンにかけられた言葉は予想斜め上のものだった。

「世界征服をするぞ」
「・・・・・・はい?」
「そして誰にも文句を言われないような平和な世界を築きあげてイタリアを嫁にする!」
「・・・・・・・・・」

 

                                               魔王、世界を襲ってみる。


「よお、イタちゃん。久しぶりー。窓から失礼するぜー」
「プロイセン。久しぶりだね!神聖ローマは元気?」
「あー、そのことなんだけどな、至急兄上に会ってやってくんねぇ?」
「どうしたの、また体調悪いの?」
「いや・・・なんていうか・・・うん・・・」
「ヴェ・・・」
「わ、泣くな泣くな。寝込んでるとかじゃないから。ただ、疲れてるみたいだからイタちゃんが会ってくれたら正気に・・・じゃない、元気にならないかなーっと」