「・・・兄上。何してんだ?」
「花に水をやってるんだ」

 この前もこんなやりとりしたなーと現実逃避気味に考えるプロイセンの視線の先では、透き通った青色の花弁を持った美しい花が如雨露へ向かって牙をむき出しに威嚇していた。

 


 魔界と聞いてどんな場所を想像するだろうか。

 闇に覆われた薄暗い世界?
 植物のない荒廃した土地?
 酸の雨が降ってマグマの河が流れているんじゃないかと言った奴も居たな。

 残念ながらどれもハズレだ。

 そりゃ、花咲き乱れて木々踊るとまではいかないが、不毛の地ってほどじゃない。
 緑生い茂る森だってあるし、開墾して耕せば農作物を栽培することだって出来る。
 気候は寒い日のほうが多いけど、その分渇水が起こりにくい。
 南のほうに比べると日差しが弱く感じられるかもしれないが、普通に晴れるし雨も降るし曇りになったりもする。

 ようは人が住む地域とそう変わらないのだ。

 そもそもここは魔界と呼ばれてはいるが、遥か昔に大陸中に跋扈していた魔族たちが魔王ゲルマンによって支配下に置かれ、その集大成として建国された国なのだ。
 大陸の他の国とは険しい山脈で隔てられ、接した海は複雑な海流を有しているため容易に近づけない陸の孤島につくられた国。

 人は必要以上に関わって騒動を起こさないように、この地を魔界と呼んで不可侵とした。

 

 魔界を治める魔王が住む城は海に近いところに建てられている。
 地形的に国を一望でき、また国の何処からでも見ることが出来る場所だ。

 最近になって、その城の屋上に花壇が作られた。作ったのは城の主である神聖ローマだ。

 そのときは作った理由を聞かなかった。
 普段にないことをするときは大抵が”あの子”絡みだ。自分から砂糖に溺れるという苦境に飛び込むのは誰だって嫌だった。

 だけどこれは放っておくわけにはいくまいと、プロイセンは兄のために腹を括ることにした。

「急に花を育ててどうしたんだ?」
「・・・・・・」

 照れたように黙り込んだ神聖ローマの頬はほんのりと色づいている。それを指摘することなく気取られないよう視線を逸らしたプロイセンは、複雑な思い諸々を飲み込んでため息として吐き出した。
 年齢3ケタにして甘酸っぱい初恋模様な上司を周囲は生暖かい目で見守っている。それはプロイセンも例外でなく、むしろ恋の相手を紹介されてしまっては応援せずにはいられない。

「贈り物に魔界植物はダメだと思うぜ・・・」
「そうなのか!?」

 そうだろうとも。

 魔族同士ならともかく、人に魔界植物などという危険生命体をプレゼントするのは嫌がらせに捉えられても仕方ないことだ。
 いや、優しいあの子なら泣きそうなのを必死に隠しながらお礼を言ってくれるんだろうな。そしてそれを知った兄か教育係が送り主じゃなくて俺に文句を言ってくるという流れになるはずだ。

 容易に予想できた未来予想図に頭痛がしてくる。

 センスは悪くないはずなのに、なんでこうも変なところがずれているのだろう。

「まあ、普通の花はこの気候じゃ育たないだろうけどよ。寒冷地でも育つ花っていったら、アイリスとかクレマチスとか」

 神聖ローマが花壇を作り出したと聞いて、急遽購入した園芸の本から得た情報を引っ張り出しながら花の名前を並べる。
 なんなら森の精霊だというのに人に馴染みすぎてガーデニングに嵌った挙句に品種改良までやっているイギリスのところに行って育てやすい品種をもらってきてもいい。

 

魔王、花を育てる


「いっそイギリス呼んで手伝わせるか?」
「・・・来てくれるだろうか」
「大丈夫大丈夫。あいつ頼られると弱いから」