『探すな! 神聖ローマ』

 メモ帳に書かれた筆跡は紛れもなく魔王である神聖ローマのもの。

 魔王の執務室で書置きを手に肩を震わせるプロイセンの姿を見た側近たちは速やかに耳を塞いだ。

「書置きはこうやって使うもんじゃねー!!!」

 

 

 
 ローマ帝国。大陸の南地区最大の大国であり、最も平和で富んでいると羨望を受ける国。
 その国を治める皇帝ロマーノが住まうアドリア城の天辺にある執務室では、緊張した面持ちの側近たちが雁首を揃え、玉座に座した皇帝とその横で書面を読み上げる補佐官を見守っていた。

「・・・以上です」

 魔王の片腕からの伝書を読み上げたオーストリアは長々と言葉を紡いだからだけではない疲れからのため息を吐いた。

 時候の挨拶から始まり、読み手の近況を尋ね気遣う文面が綴られ、自身のことに及んでから手紙を出した用件に至り、最後は時間を取らせてしまった非礼への侘びと結びの挨拶で締めくくられていた。
 堅苦しい印象を受けるが、互いの地位を思えばまさに見本のような手紙だ。しかし差出人がプロイセンというあたりが恐ろしい。

 彼は精神的余裕がなくなるほどに礼儀正しくなっていく大変捻くれた性質の持ち主なのだ。

 つまり、これは相当きている。

「・・・オーストリア」
「なんでしょうか」
「つまり、どういうことだ?」

 馬鹿丁寧かつ事細かくに回りくどく書き上げられた”用件”は簡潔に書けば1行で済むようなものなのに、その長さは便箋10枚に及んでいた。手紙を盗み見た者に内容を容易に悟らせないための常套手段だが、少しでも現実を見たくない逃避だと感じるのは何故だろうか。

 ああ、聞きたくない。聞きたくないけど聞かないと。
 そんな使命感から疑問を口にしたロマーノに、オーストリアはああ立派に育ったなぁと内心で感動していた。こちらは完全に現実逃避だ。

「魔王が家出したので行方を知らないかということです・・・・・・」

 オーストリアが言い終わると同時に頭を抱え込んで動かなくなったロマーノに気遣いの篭もった視線が向けられる。
 子供か!というツッコミは奇しくも彼らの頂点に座す皇帝の弟であるイタリアも、こちらは書置きなしで出かけたまま帰ってきていなかったため成されなかった。

 駆け落ちか。駆け落ちなのか。いや、まさか。
 
 何にせよ、このままでは世界が危ない。勢いよく立ち上がったロマーノは側近たちを見下ろし言い放った。 

「今すぐヴェネチアーノの行方を捜させろ!秘密裏に、しかし迅速に!マフィンもバッカニアも全勢力をつぎ込め。保護まではいかなくていい、とにかく今居る場所を特定しろー!!」

 

      

                                             魔王、家出する。

 

「兄上に何かあったら、世界を滅ぼして俺も死にます」
「落ち着いて、プロイセンちゃん。子供じゃないんだから大丈夫よ」
「落ち着いてますよ。これ以上ないほど落ち着いてるじゃないですか」
「うーん、これ以上ないほど地が出てる気がするんだけど」
「せめて行き先と帰る時間を書いたらどうなんですか、あの方は。そうしたら一週間の不在どころか一ヶ月の音信不通でもここまで慌てないのに」
「そういう問題か・・・?」
「心配しなくても、もし敵討ちするんならロシアさんが頑張ってくれますよ」
「ラトビアァァァ!不吉なこと言っちゃだめぇぇぇぇぇ!」
「リトの焦った顔、マジ受けるしー」