あれは俺が気まぐれで南の方に出かけたときだった。ふと目に入って立ち入った森はこの周囲にあるものと違って太陽が惜しみなく降り注ぎ、瑞々しい木々が生い茂っていた。
 当てもなく歩いているとぽっかりと木が開けて出来た花畑に出た。
 俺は花の名前には詳しくないから、どれがどの花というのかは分からなかったが、色とりどりの花が咲き誇る光景は見事な物だった。

 花畑に寝転がると甘くいい匂いがした。そのまましばらくぼんやりしていた俺はいつの間にかうたた寝をしてしまっていた。

 どれくらい眠っていたかは分からない。
 頭上の太陽はさほど動いてなかったからせいぜい数十分程度だったんだろう。

 俺が目を覚ますと、1人の少女が俺を見下ろしてた。いや、顔を覗き込んでいたというほうが正しいか。
 至近距離で目が合った彼女はふんわりと花が綻ぶように微笑んだ。

 ・・・周りの景色が色あせて見えるだなんて表現を、現実で使うことになるとは思いもしなかったな。
 彼女だけが鮮やかで、輝いているようだった。

「あ、起きたー」
「・・・・・・」
「こんなところで寝てたらお顔が真っ赤になっちゃうよ?」

 驚愕に声を出せないままに上半身を起こした俺の隣に座った彼女は小鳥が囀るような声で話しかけてきた。
 どうやら彼女は俺に日の光が当たらないように自分の身で庇ってくれていたらしい。

 それからしばらく言葉を交わした。
 情けないことにその内容はほとんど覚えていない。余程緊張していたのだろうな。

 ああ、それにしても少し思い出してみただけでも彼女はまさに天使と呼ぶに相応しい子だったと断言できる。

 あんな生き物がこの世界に存在すること自体が奇跡だな。 

 日暮れ前には戻らなくてはならないと言う彼女を森の外まで送り、また会う約束をして別れた。

 去って行く彼女の後姿を見ながら、俺は今までに無い胸の高鳴りを感じていた。

 これはまさに・・・


 

魔王、恋に落ちる。

 

「兄上。その話、28回目だからな。そろそろ大人しく寝ろや」
「約束が・・・」
「あー、はいはい。手紙渡してきたから大丈夫ですよ。ことりちゃん貸したから、お返事もくれるそーです。だから会いに行くならちゃんと回復してからにしてくれ」
「む・・・」