他国との係りをいっさい絶ったとはいえ国内の仕事からは手を引いていなかったため、SHKのメンバーは完全な隠居生活を送っているわけではなく、常に流浪の旅を続けているわけでもない。
それは大抵、―― 一人で連合軍の相手をするのも疲れる(あるいは、代わり映えがない)し、息抜きもしたい、あぁもうすぐ仕事が終わるじゃないか・・・――と思った時に“3人よれば何とやら”にあやかり連れ立って行くといったもので、普段は『物騒中立国』と名高い彼らもおとなしく自国に閉じこもっている。
「イラクに大量破壊兵器はなかった」との調査報告に、派兵に参加した(特にそのためにテロの被害にあった)国々が激怒し、アメリカを殴りたいあるいは付け入りたい国々もそれに乗じて「おい、ちょっとツラ貸せや」と国連の緊急会議を開くよう要請したのも、ちょうどSHKが国内業務に勤(いそ)しんでいた時だった。
「しかし・・・本当に久しぶりであるな」
スイスは呟いて、議場に指定された古城を見上げた。ついでに背後を飾る淀んだ空に気付き、不安渦巻く心の内をこんなところまで表さなくてもいいではないか、とガラにもなく思う。
それもそのはず。今回の会議は、イギリスが呼びかけ日本が支援した、SHKの国際会議復活を切願してきた国々にとってはとても喜ばしい出来事なのだが、
――その理由が、“国内でのテロにイギリスがキレた”ではな・・・・
ちなみに彼が受け取った電話では、――アメリカを何発か撃ちたくないか?――と元ヤン全開だった。
議場をどこにするかで揉めることもなくあっさりロンドンの某郊外と決まったのは、おそらくその調子で他国にも連絡したからだろう。
他に電話を受け取ったであろうスペインやフランスなど、その頃の彼を身を以って知っている国々には少々同情したが、かくいうスイスもあの二国と今、顔を合わせるのは控えたい。
正直、事前に落ちあうことなく好きな時間に来れてよかったとすら、思っている。
仲を引き裂かれた時が堪忍袋の尾が切れたその時ではないが、遠因となっているのは確かなほど彼らの友情は固く、どちらかが傷つけられたら、二人して反撃に出るのは必死。
よって、外交政策上武装はしているがもともと血の気の多い方ではないスイスとしては、あまり近づきたくない雰囲気を醸し出しているに違いない。
わざわざ、日本やドイツすらも来ないであろう開始2時間前から議場にいるのも、場の空気に呑まれないようにするためだった。
城門の前に立つ警備員に招待状を提示すると、少し驚かれたものの教育が行き届いているらしく、快く質問に答えてくれた。
曰く、会場のセッティングは先ほど終わり、イギリスは出てきていないが他国も来てはいない、とのこと。
あいつのことだから紅茶でも淹れているのであろう、と想定し、ならば用心する事もないと廊下を横切り躊躇いもなくノブに手を掛ける。
後から思えば、一人で訪れた外国で人の気配を確かめずにドアを開けたのはこれが初めての事で、次の瞬間、スイスはこれを後悔するはめになった。
広がっていたのは、国連の加盟国全192カ国分の席・・・・これはいい。しかし、
その前のテーブルにそれぞれの国の特徴を備えた精巧なテディベアが座っているのは何故か。
そしてもう一つ、スイスは、できれば気付きたくなかったものに気付いていた。
「・・・・・」
もはや条件反射で取り出したSIG SAUER SP2022(自動拳銃)を、たった一つテディベアの置かれていない机――状況からみるにアメリカの場所・・・・・のつもりで用意したのだろう、彼は(、、)――に向ける。
「動くな」
張り詰めた空気を通して動揺が伝わってくる。
「動くな何も言うな、誰だかはわか・・・・・てしまうのだが我輩は今これを受け止められるほど余裕がないので誰だか分かりたくはないああ分からない正直この状況を作り出した奴に八つ当たりをしたいところだ。そしてこれから我輩が言うことは忘れろ・・・何も言うな・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「その・・・・・か、可愛いぞ・・・我輩の・・・」
気まずい沈黙が降りた。
そして、
「っっ何も言うなと言っただろうが〜〜〜!!」
「な、何も言ってないぞ!?」
机の陰からアメリカのテディベアを抱えたイギリスが出てきた。
***
事の始まりは、セッティングも終わり部下たちが出て行った議場に、“2時間”という中途半端な時間を持て余したイギリスが残されたことだった。
これから仕事に戻るには短く、アメリカをぼこる理由・・・もとい糾弾する内容の文章の確認は、すでに何回もしている。
妖精達には、アメリカがここへ来るまでにできる限り恐怖を与えるようにと指示を出し、随時途中経過を報告してくれるよう頼んでおいたので(お礼の高級ミルクとクッキーは、昨日から家の戸棚で出番を待っている)、今は、本当に何もすることがない。
思案に暮れる翠色が192ヶ国分用意された席を見渡し、ふと、何かに耳を澄ませるように瞬く。最後のそれが終わった時、そこには新しいおもちゃを見つけた子どものような輝きが宿り、
「そうだな、それなら本格的にいくか、よし、外にいる皆も呼んでくれ、どうせ他の奴らも・・・アメリカならなおさらこんな時間には来ないしな。一時間前になったら解散して持ち場につけよ」
それが・・・
――・・・・・まずかったんだよな。
十数分前の行動にそう評価を下し、イギリスの思考は現実に舞い戻った。
なるべくなら知られたくないと思い隠れたがやはりスイスは誤魔化せず、こんな理由で撃たれるのは願い下げだと出ててきたところで、銃口と御対面――ここまでが数秒前。
そして現在、
「出てくるなと言った〜〜〜〜〜〜っっ////」
「いや、それは言っていないぞ」
命の危機。
――ああ、もう一回、回顧に戻りたい。
自分の存在を確認した後も他所を向いてくれない銃口に、普段冷静な奴がパニックに陥ると何をするか分からないというのは本当だったらしいな、と半ば生存本能を放棄した頭で考える。
「何を言う! どこぞの大国と違って貴様は空気を読めるであろうが!!」
しかも、口応えだけはしっかりしている。
だがそのある部分では健在な冷静さは、説得の余地を残しているとも言えた。
ならばと努めて冷静に声を掛けてみる。
「だったらお前もよく考えろ。この状態で同盟国同士にもかかわらず撃ち合いを始める馬鹿がいるか?」
予想どおり銃口が下がりかけ、
「というかスイス、お前そんな事にも気付かないほど・・・何を混乱しているんだ?」
「なっ何でもない!」
再び上がる。同時にイギリスの背後でも呆れた声が幾つも上がった。
『なんかイギリスって、詰め・・・甘くない?』『基本、デリカシーがないんだよ』『だからアメリカにも逃げられたんじゃない?』とかなんとか。
一方、そんな小さな隣人の存在に気付かないスイスは、
「決して、数多(あまた)あるぬいぐるみの中で我輩を模した物が非常に好ましく、さすが我輩だなどと思ったからでも、訓練中はおんぶ夜は頬擦りして眠り、常に傍に置きたいなどと思ったが故でもないのである!!」
思っていたらしい。
聞かなければよかったとイギリスは心の中でつぶやき天井を見上げる。象牙色のそこに、思わずもう一人の同盟国の顔を浮かべ、彼ならば巧く誤魔化せる・・・いや、というよりこんな事は訊かないだろうな、と再び現実から逃避した。
「これではナルシストなのである! “Unus pro omnibus, omnes pro uno”、『一人はすべての為に、そして、すべては一人の為に』を国の標語に掲げる我輩が・・・・中立政策の維持と国際協調、EUとの関係強化、人道面に於ける積極的な国際貢献を外交基本方針に掲げる我輩が自己愛国だなどと・・・・認められるか!!」(注:標語はラテン語です)
これがフランスならば「それだけ俺が素晴らしいって事よ」と開き直るところを、真面目なことだ。
「まあ、でも、国なら自分が一番好きなのは・・・自国民の文化の集合体なんだからな、当然だろ?」
「貴様や日本もそうか?」
スイスが恨めしげな視線を右手にそそぐ。追って見ればそこには原色鮮やかな星条・・・
「・・・・」
「・・・・」
「やはり我輩だけではないか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
とうとうスイスは床に突っ伏した。
図らずも照準から開放されたイギリスは、深く息をついて紅茶を淹れるために部屋を出る。
途中、心配してついてきた妖精達に遊びの中断とお詫びを告げ、自分は大丈夫だと微笑んで見せた。
とりあえず、殺意をなくさせることには成功した。
紅茶を淹れて戻ってみると、スイスは自力で落ち着いたらしく、大人しく自分の(テディベアが置かれた)席に座っていた。とはいえ、スイスベアを凝視して視線を合わそうとしない態度は改善しているとは言い難い。
「そんなに気に入ったんなら、やるぞ」
邪魔にならないところにカップを置き、隣に設けてあった自分の席に座ってイギリスは声を掛けるが、スイスは沈黙したままだ。
「まあ、そう落ち込むな」
「貴様には分からん」
一刀両断されて、今度ははっきりと溜息をつく。
「金の切れ目は縁の切れ目」といわれ、マネーロンダリングの中継地や、先の世界大戦ではナチス・ドイツに武器を提供していたなど、国際社会でのスイスの印象は、そこまで人道国家ではないと改められてきている。
しかし、彼(、)自身は相変わらず誇り高いままだ。むしろそんな時だからこそ、品行方正やら誠実やらが大切だと努力している。
そんな彼が今日新たな欠点を見つけ、自己嫌悪に陥ってしまった責任が――納得出来なくも不本意でもあるが――己にあるのは間違いない。
どう慰めたものかと考え、イギリスは一般的にもっとも効果的な方法を取ることにした。
――できればやりたくなかったんだが・・・
やおらため息をついて、背凭れに身体を預ける。
「お前はまだいいよ。俺なんか裏切った弟のテディベアに、いまだに話しかけてるんだぞ」
――ああ、何が悲しくてこんな話をしないといけないのだろう。
連絡係の妖精の同情の視線を背にひしひしと感じながら、イギリスは己の所業を棚に上げ、アメリカに対する苦労話を語り始めた。
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