オーストリアの行方を捜してアドリアを出発した勇者一行。
 『オーストリアという人(?)を知りませんか?』と聞いて回った結果、アメリカの故郷でギルドマスターをやっているオーストラリアに行き着いてしまった一行は、アメリカの提案でイギリスの元を訪ねることにした。

「いやいやいや、なんでだよ。急いでんだろ!?さっさと捜しに行けよ!」

 庭仕事をしていたところを邪魔されたイギリスは事情を聞くなり声を荒げてツッコんだ。
 イタリアが怯えてドイツを陰に隠れる剣幕だったが、至極最もな反応である。

「ついでに弾の補充もしておこうかと思ってね。それに君なら何か知ってるかもしれないじゃないか!一応精霊なんだろ?」
「一応じゃなくて生粋の精霊なんだよ、俺は!」

 イギリスが投げつけた園芸用スコップがアメリカにクリティカルヒットして、彼の意識を暗転させる。倒れた先が芝生だったのはイギリスの親心なんだろうが、しばらくは目覚めそうに無い。

「ったく・・・」
「あーその、急な訪問ですまん」
「ん?ああ、気にするな。ここに来る客はどいつもこいつもこっちの予定なんてお構いなしだからな」

 園芸用品を纏めて庭の隅に置いたイギリスはテーブルと椅子の置かれた東屋を指差した。

「茶を持って来てやるから座ってろ。ああ、アメリカは置いておけ」

 

 指示された席に座ると、何処からともなく集まってきた妖精が周囲を飛び交い始める。初めてみる客人に好奇心が疼いたようだ。
 手のひらに乗る小ささの彼彼女らが動くたびに煌く燐粉が舞い散り、鈴鳴るような声が満ちる。

『お客さん?』『お客さん!』『旅人さん?』『アメリカちゃんのお友達だって』
「わはー。かっわいいー!」
『あら、ありがとう』『この子、皇帝の弟よ』『イタリアちゃんね』『ヴェネチアーノじゃないの?』『お姫様じゃないの?』
「妖精というのは警戒心が高い生き物じゃなかったのか・・・?」
『イギリスが居るから大丈夫よ』『とっても強いんだから』『そうそう。この前も密猟者を一網打尽にしてたもの』
「ねえねえ、君、名前なんて言うの?羽きれいだねー。髪の毛ふわふわだー、砂糖菓子みたい!触っていい?」
『いいわよー』『あなたの声、きれいね』『名前は内緒よ』
「妖精をナンパしようとするな!」
『こっちの人は大きいのね』『怒らないでよ。怖いじゃない』『むきむきー』
「あ、馬だ」
『違うわ。あの子はユニコーンよ』『馬って言ったら怒られちゃうわよ』『久しぶりね。どこに行ってたの?』
「なんで民家の庭にユニコーンが居るんだ!!」
『イギリスのお庭だもの』『きゃあ』『怒鳴らないでよ。耳が痛いじゃない』

 さくさくと芝生を踏みながら近づいてきたユニコーンは、背にホビットだのドワーフだのと言った小人族を乗せて運んでいる。

「学者が狂喜乱舞しそうな光景だな・・・」
「時々フィールドワークに来る奴も居るぞ。他の場所に比べると遭遇率が高いとかで」

 何時の間に戻ってきていたのやら、ティーポットを運びながら話しかけてきたイギリスの後ろを茶器や菓子を持った二足歩行のウサギがぴょこぴょこ付いて来ている。
 なんともメルヘンな光景だ。

「これがよくあることなのか?」
「まあな。そもそも俺からして人じゃないわけだし」

 言われてようやく、イギリスは人と全く変わらない形をしているがれっきとした精霊だと思い出す。
 妖精や幻獣種のユニコーン以上に発見個体が少ないのが精霊という種族なのだ。

「ちなみにこの森の住民は動物も植物も持ち出し禁止だ。俺が認めた場合だけ許可するが、そうでない奴は排除対象になる」

 イギリスは2人の前に置かれたカップに紅茶を注ぐと向かいの席に座った。共に並べられた皿には花の砂糖漬けや果物、黒炭のような塊が載っている。

「物騒な話だな」
「それが精霊である俺の役目だ。精霊はそれぞれ守るべき住処を持つ。そしてこの森が俺の住処だ」

 指し示されたのは家と隣接している『魔の森』と呼ばれる鬱蒼とした森だ。
 この言い分からして『魔の森』について噂されている神隠しだの侵入者に害をなすだとか言うのは、彼の仕業ということなのだろう。

「アドリアが建つ湖も精霊が居るだろう?」
「うん。ハンガリーさんのことだよね」
「ああいう風に人を住処に住まわせるのはごく稀な例だ。コモンウェルズのように近くで共存するならともかくな」
「そうなの?」
「そうだ。精霊の住処に住めるのは妖精や植物といった精霊の守り無くして生きていけない存在だけというのが一般常識だ」
「ふうん・・・」
「まあ、人が作り出した定義に自身を嵌め込む義理なんざ、俺らにはあってないようなもんだけどな」
「言ってる端から理屈が破綻していないか?」
「精霊とはそういうもんだ」
「・・・お前はアメリカの育て親だと聞いたことがあるんだが。それはどうなんだ?」
「へえ。あいつ、そんなことまで話しているのか」

 意外なことを聞いたというような表情をしたイギリスは、数度瞬きを繰り返すと喜色満面の表情を浮かべた。

 何が彼の琴線に触れたのかは分からないが、ドイツの一言はイギリスの好意を得るに十分な効果を発揮したらしい。
 疑問に答えを返すことをしてはくれなかったが、代わりのように先の話を蒸し返してきた。

「さっき人を探していると言っていたな」
「ああ。目撃証言を元にここに来たんだが、人違いだった」
「ふぅん・・・。そいつの特徴は?」
「は?」
「いいから、そいつの特徴について教えろ」
「特徴といっても。そうだな、茶色の髪に紫の目。メガネをかけていて・・・」
「ねえねえ、ドイツ。紙とペンくれたら似顔絵描けるよ」

 イタリアの申し出にイギリスはひとつ頷いて片手を上げた。
 何をするのかと見ていると、何かを撫でるように虚空を掻いた手のひらにどこからともなくスケッチブックと色鉛筆が現れる。

「これでいいか?」

 差し出されたそれらを受け取ったイタリアは目を瞬かせた。

「これ、俺の・・・?」
「城から呼び寄せた。終わったら戻しておく」

 イタリアが手早く書き上げた絵を受け取ると、イギリスはそれを周囲を飛び交う妖精たちに向けて掲げた。

 金銀に煌く燐粉がイギリスの周囲を取り巻いたかと思うと、次の瞬間には四方八方へ飛び去っていった。

「妖精たちに探すように頼んだ。あいつらのネットワークは広いからな、魔界や結界が張られたところじゃなければ、そう時間はかからないさ。村に宿はないけどアメリカの家があるから使えばいい。風は通してあるし最低限の掃除もしてある。暇なら街のギルドでクエストやってろ。居場所が分かったら呼んでやる」
「あ、ああ。感謝する」
「ありがとう!」
「それと」
「なんだ?」
「アメリカをよろしくな」

 寂しそうだけど嬉しそうな表情は紛れもなく巣立つ子を見る親の顔で、彼が育て親だと実感するに十分なものだった。

 

 


 イギリスからオーストリアが見つかったという連絡が入ったのは翌日の昼過ぎだった。

「西部の村で保護されているのを見つけた。保護しているのはそこの地主で、それなりに丁重な扱いを受けているようだ」
「西部?そんなところに居たのか」

 どおりで南部の端に来るまでに目撃情報がなかったわけだ。
         
「村の名前はハーレム。陸路で一週間ほどの場所にある。・・・急いだほうがいいかもしれないぞ。ここの地主はフランスと言って危害を加えるような根性を持ってやしないが」
「が?」
「貞操は保障できないな」

 

             「命より多分貞操の……」

 

「・・・・・・オーストリアは男なんだが」
「それがどうした。あいつは顔が好みなら男も女も関係ない。下は3歳、上は・・・俺が知る限りは300歳くらいまでいけたか?」
「オーストリアの顔はそいつの好みなのか?」
「絵だけでは断言できないが、あいつの好みっていうのは必ずしも美醜じゃないからな。強面の悪人でなけりゃいけるんじゃねぇの?」
「イギリス、詳しいねー」
「・・・親しいのか?」
「んなわけあるか、あんなエロヘタレヒゲ!」