俺はイタリア。子供の頃はヴェネチアーノって名前だったけど、ちょっと事情があって改名したから今は兄ちゃんとかごく僅かな人しか呼ばないんだ。
兄ちゃんは俺たちが子供のときに死んだ先代の後を継いでローマ帝国の皇帝をしている。とっても忙しいみたいなんだけど、偶にさぼってシェスタしてオーストリアさんに叱られてるのを見るよ。こっそり街に出たりもしてるみたい。俺には駄目っていうのにさー。
俺と兄ちゃんは一卵性双生児ってやつなんだけど、ローマ帝国は一卵性の双子が禁忌ってされてる国だ。
『なんとなく不吉だから?』みたいなかなり馬鹿らしい理由らしくて――あ、これは歴史学の先生が言ってたんだよ。今ではほとんど無い風習なんだけどね、王家や貴族はそうはいかない。
こう・・・世間体って奴。あと、お城に居る人って頭が固い人が多くって、なかなか新しいことを受け入れようとしないからなんだって。
まあそんなわけで、俺と兄ちゃんは生まれてすぐにどっちかが殺されるって決められちゃったんだ。当時の皇帝と側近だけが俺たちが一卵性の双子って知ってて、他の人は生まれたのは異性の双子って知らされてたみたい。
酷いよねー。俺たちのマンマはそのことに反発してお城を追い出されて、表向きは産後の肥立ちが悪くて死んじゃったことにされたんだって。
赤ん坊のときに殺さなかったのは、時期皇帝として相応しいほうを残すためだったらしい。
俺はずっと兄ちゃんが居るなんて知らなかった。離ればなれにされて帝都から離れた教会に預けられてたからね。ずっと両親は死んでいて、家族はいないって思ってた。
なんか、お互いに庇い合わないようにするためだったんだって。殺し合わせて生き残ったほうを残そうかなんて話まで出てたらしい。
だけど、5歳になった頃に兄ちゃんが俺のところにやって来た。
一目見て兄弟だって分かったよ。だって顔が一緒なんだもん。
口ひげを生やした元気そうなおじいさんを連れた兄ちゃんは『天使の祝福』について教えてくれた。
そのときはよく分からなかったんだけど。てか、兄ちゃんも分かってなかったと思う。ほとんどおじいさんが説明してくれたし。兄ちゃんも俺も死なないようにできる方法なんだってことは分かった。
でもどうして急にそんな凄いことが起こったのか。それにはある人が関わっていたからなんだ。
誰だと思う?
俺たちのマンマだよ。
お城を追い出された可哀想なマンマ。皇帝のお后さまになるような人だから、名家の出で貧しい暮らしなんて想像したことすらないお嬢様だっただろう。だからお城の人たちは彼女を追い出すだけで死ぬだろうと思って放っておいたんだろうしね。
だけど彼女は強かった。
皇帝たちの目が届かない南の果て――当時の南の方は海賊とかが出て治安が悪かったんだ――まで移り、俺たちを助ける方法を探してた。
何をしたのかまでは知らない。彼女のことを知ったときには、もうその足跡をたどる術なんでなかった。ただ、とっても辛くて苦しい道のりだったんだろうと思う。
彷徨っていた彼女の前にある日天使が現れた。
天使は彼女にこう問うた。「何を代償にしてもお前の子を助けたいか?」と。
彼女はすぐにこう返した。「私に差し出せるもので私の子達を助けられるのならば何でもします」と。
彼女の答えに満足した天使はその望みを聞き届けることにした。
それに対して彼女が差し出した代償については知らない。
天使は教えてくれなかったし、辛そうな表情をしてたからなんとなく聞いちゃいけない気がした。
天使はまず彼女の子達に祝福を与えた。
兄には『恵み』と『――』。
弟には『守り』と『癒し』。
そしておじいさんの姿になった天使はまず兄ちゃんのところへ向かった。ローマ帝国の北端の教会に預けられていた俺とは反対側、南端の教会に預けられて近かったからね。
事情を聞いた兄ちゃんは天使と別の契約を交わした。天使がくれた祝福の1つを代償に、兄ちゃんは別の力を手に入れた。
そのことを俺が知ったのは大分経ってからだった。聞いたときはとてもびっくりしてこれ以上ないってぐらいの派手な兄弟喧嘩をした。
前から知っていたオーストリアさんが間に入ってようやく治まって、絶対に秘密にしないといけないことだから仕方ないのだと言い含められた。
兄ちゃんはとても自分勝手だ。困ったことがあると俺に相談せずにいつも自分を犠牲にしようとするんだ。
俺たちは2人きりの兄弟なんだから、俺だって何かしたいのに「俺が勝手にすることだからほっとけ」って怒るんだ。
兄ちゃんが天使と契約して得た力は通称『カンタレラ』。
俺たちを殺そうとした皇帝や側近たちを殺して兄ちゃんが王座に座ることで誰にも脅かされずに生きていくための”権力”を手に入れる力。
天使から話を聞いた兄ちゃんは『天使の祝福』を盾に助命されたって平穏に生きていける保障はない。なら、血に汚れたって出来ることをしようって思ったんだって。
天使――ああ、いい加減堅苦しいや。いつも呼んでるみたいにじいちゃんって呼ぶね。
じいちゃんは兄ちゃんのお願いを聞いた後に俺を迎えに来る途中でオーストリアさんに会った。
オーストリアさんは代々のローマ帝国皇帝に仕えるっていう契約を結ばされている竜で、反発したくても出来なかった人だったから兄ちゃんの提案に協力してくれた。
味方を得てから俺を帝都に連れ帰った兄ちゃんは邪魔な人を皆排除してわずか8歳で皇帝になった。
幼い皇帝の即位におこった不安の声は、兄ちゃんが齎す『恵み』の力の前に消えてなくなった。どんな荒地も兄ちゃんの手にかかれば瑞々しい緑を茂らせた豊かな土地になるんだから、居なくなれなんて言える筈が無い。
もちろん俺だって頑張った。『守り』の力はあらゆる天災から国を守ってくれたし、『癒し』の力はどんな酷い怪我だって治した。
天使の祝福を受けた双子はたちまち民衆の支持を受け、忠誠を誓ってくれた優秀な側近たちの助けもあって今では皇帝ロマーノは過去最高の君主だって讃えられている。
・・・うん、だけどね。兄ちゃんってちょっとドジでね。オーストリアさんもちょっと抜けてる人でね。
俺が弟だって公表し忘れてたんだよね。
教会で女装して生活してたのを隠すために名前変えたのに、意味ないよね・・・・・・。
まあ、一度言ったことを翻すことは民衆にも他国に示しがつかないって言うから、このほうがよかったのかもしれない。それにお城の中では弟ってことを隠さなくても大丈夫っていうのは兄ちゃんが頑張ってくれた結果だ。
これから先に生まれる子は例え一卵性の双子でも殺されずにすむような意識改革も少しずつしている。
凄いでしょ?
だからね。俺は俺なりの方法で兄ちゃんを助けたいんだ。
うん?
どうしてこんな話したのかって?
言ったじゃない。”俺なりの方法で兄ちゃんを助ける”んだって。
いやだな、そんな怖い顔しないでよ。お前が悪いことしたのがダメなんだよ?
皆ね、俺が笑って話しかけるとどんなに警戒しててもスキが出来るんだー。
ねえ・・・凄いでしょ?
魔法の杖よりシルクハット
翻した手には何処からともなく取り出した拳銃。
銃口が狙うは邪魔者の心の臓。
最後に見せるのは天使のような笑顔。
「Ciao ciao」
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