大陸南部最大の国、ローマ帝国。英雄ローマの名を冠す肥沃で平和な帝国と謳われる帝都アドリアは、年中豊富な水に恵まれている水の都だ。
 どれくらい恵まれているかというと、アドリアが強大な湖の上に造られた街だと言えば説明は必要ないだろう。
 街の住民は道路を使うのと同じように、水路を舟で移動する。一部では羽翼獣や水獣も重宝されているようだ。

 歪な円状の街は中心部に行くほどに水深が深くなり、中央に建つ城は橋や通路が繋がっておらず周囲の建物とは完全に独立している。
 もし敵が攻め込もうとも、ここで踏鞴を踏むことになる。まさに水上の要塞となっているのだ。

 美しい景観の街、さらには雄大な国の象徴たるアドリア城はその期待に応えるかのように優美な装飾の成された荘厳なものである。
 そのアドリア城の中央部には来訪者があった際に使われる謁見の間がある。床よりも高台に設えた玉座にだらしなく腰掛けた皇帝ロマーノは――家臣が居れば叱責されるだろうが、今は全員が席を外しているので1人だ――頬杖をついたまま重いため息を吐いた。

「あの公募で本当に来る奴がいるとはなぁ・・・」

 朝から執務室に篭もりきりだったロマーノのところへ血相抱えた門番が駆け込んで来たのはほんの数十分前のことだ。
 あまりの取り乱しっぷりに何事かと思えば、昨日配布した皇式通達書の応募者が来たと告げてきた。

 あの場に居た執務官たちの心情は間違いなく「マジか」で一致しただろう。
 皇帝補佐官のオーストリアなど、ロマーノが王座に座したのを見届けてからは謁見の間の前室控えているが、持ち込んだピアノで延々と『ワルキューレの騎行』を弾いている。期待と戸惑いと恐怖がない交ぜになって混乱していることを表しているのだろう。俺だって出来ることなら引きこもっていたい。

 英雄が、というか腕の立つ人手が欲しかったのは本当だ。
 しかしあの公募内容は忙しい公務による疲労がピークに達したときに、意識朦朧としたヤケクソの状態で書いた物で、それがうっかり配布されてしまったと気付いたときは悲鳴をあげた。
 オーストリアには普段からサボらずに少しずつ仕事を片付けておけばこうはならないと説教までされた。

 さて、やって来るのはどんな奴なのだろう。
 自意識過剰の馬鹿か。
 多少のことには動じない大物か。
 単なる冷やかしの可能性もある。

「まあ、どれでもいいか」

 現在、城内はダンジョンモードに移行している。本来は外敵に侵入されたときに使うものだが、レベルを落とせば腕試しに使っても大丈夫だろうということになった。

 応募者――もうここまで来たら挑戦者と言い換えるべきだろうか――が謁見の間に辿り着けたらひとまず合格。あとは直接話し合って決定を下せばいい。

「んじゃま、シェスタでもしてるか」

 教育係が聞いたらぽこぽこ怒りそうな独白を残し、ロマーノは背もたれを倒した玉座に――なんで玉座にそんな機能がついているのかは気にしないでください――寝そべった。

 

1stダンジョンは城下町

 

「寝るより前に諜報部が集めてきた応募者のプロフィールをお読みなさい!」
 数分後、気付いてやって来たオーストリアに怒られた。