日本はイギリスに初めて会うときまで、彼のことを大変誤解している時期があった。  何せあのアメリカの育て親だ。どれ程破天荒で常識破りで傍若無人で迷惑な人なんだろうと思っていた。 ロシアが水爆実験で出来たビルをなぎ倒し火を吐く化け物なら、イギリスは宇宙から飛来した謎の生命体だ。
 だからあの日、手土産を片手に「急な来訪ですまない」と日本語で言いながら優雅に頭を下げてきた青年が イギリスだと知ったとき、本当に驚いたのだ。それはもう、建て前も慎みも放り投げて二の腕を掴みながら 「どうしてあの人はあんな風に育ったんですか!?」と叫んでしまったほどに。

「あのときの日本は凄かった」
「本当に見苦しいところをお見せして・・・」

 日英同盟を結んで数日。日本がイギリスの家を訪ねると、いい時間だからとアフタヌーンティーに誘われた。

「いや、気持ちは分からんでもない。なんであんな風に育ったんだと思ったことは何度もある」
「そ、そうなんですか」

 初めて飲むのならと、砂糖とミルクの入ったアッサムを出される。お茶菓子は日本の持参した和菓子だ。
 イギリスの料理はそれはもう壊滅的らしく、ポルトガルやオランダに命の危険を覚悟して置けといわれたが、今 の所出されたことはない。どうやら本人も自覚して遠慮しているらしかった。・・・本当になんで彼からあのはち ゃめちゃな男が出来上がったのだろうか。いや、中国や韓国も自分と似た環境で育ってはいるが似ていないから そういうものなんだろうか。

「おいしいです」
「それはよかった」

 平和だ。隣人の介入もないし、急な騒々しい来訪者もない。
 ・・・今まで受けてきた諸行を思い出して少し憂鬱になった。


「・・・なんで皆さん、私のような小さな島国に構いたがるんでしょう」
「いや、小ささなら俺のほうが小さいんだが・・・日本は四季の自然が素晴らしいから」
「あ、すいません。イギリスさんの自然も素晴らしいです。庭の薔薇、綺麗ですね」
「ありがとう」

 そんな感じで最初はほのぼのとしていたのだ。最初は。


 とりとめのないことを話しながら時間が過ぎていき、ふと日本がカップをソーサーに戻してイギリスを見た。

「・・・海って渡るの大変ですよね」
「ああ。昔と比べると随分楽になったほうだが」
「でも大変ですよ。なのになんでわざわざ危険冒してまで来るんですか!?」
「に・・・日本?」
「来なくていいじゃないですか!こっちから行ったりしませんよ!?しませんとも!!」

 ・・・ブランデーを入れすぎたか?

 香り付けに入れたブランデーに酔ったらしい。
 常の控えめな挙動など取り払って、喋るというより叫んでいる。

 酒乱だったのか?アメリカに聞く限りでは酒に強いらしいが、洋酒が合わなかったのだろうか。それとも鬱憤が溜まっているのが爆発したのか?なんで?

「・・・同盟、いやだったか?」

 もしそうなら泣くかもと思いながら尋ねれば、そんなことはないという返答。

「イギリスさんは構いません。同じ島国同士分かち合える苦労もありますし、あなたとなら気が合う気がします・・・問題はアメリカくんとロシアさんです」
「アメリカはまあともかくロシアは面倒だな」
「そうなんです!放っておいてくれればいいのにそれを海越えてまでやって来て・・・誰がロシアになるってんだー!」
「・・・・・・・・」

 ふと、イギリスの琴線に触れるものがあった。
 脳裏に浮かぶのは変態な隣人やひたすら迷惑な周囲の国や空気を読むことのない元弟。

「そう思いませんか!?イギリスさん」

 確かに島国同士分かち合える苦労とやらはあるようだ。

「・・・そうだな。陸続きで勝手にやっていればいいのに、突然やってきて迷惑この上ない」

 ちょっと失礼と断って台所へ行ったイギリスは、戻ってきたときグラスを2つとラベルのない瓶をいくつか抱えていた。
 瓶はテーブルの上に並べてグラスの片方を日本に渡した。

「特製の果実酒だ。まあ、呑め」
「いただきます」

 とりあえず手近なものからと栓を開けていく。互いのグラスを酒で満たして軽く乾杯を交わした。
 そこからはもうなし崩しだ。 

「アメリカくんなんていきなりやってきて東京湾をミシシッピー湾とか名づけてきたんですよ!しかも物資補給のために開港しろと言うは、居留地を作って武家屋敷を建てるなと言うは」
「アメリカの奴そんなことしたのか」
「はい!」
「あいつも昔は可愛かったんだがなー・・・どうしてああなったんだか・・・可愛いといえばフランスとかもだが」
「ふらんす?」
「俺の隣国だ。ガキの頃に侵略してきたんだ」
「それは・・・大変でしたね」
「まあな。その後暴れて独立して、それからは争ったり手を組んだりしてるな」
「私は中国さんに育てられたんですよ。昔争ったせいで今はあまり仲良く出来てませんけど」
「だが日本にも考えがあってのことだったんだろう?」
「ええ。その頃の私はアジアを周囲に影響を与えることの出来る、発展した地域にしたいと考えてましたから・・・それから他の国とも関わりを持ってた時期もありましたが、やがて鎖国体制をとるようになりました」
「そこにアメリカが来たわけか」
「そうです。限定してたとはいえ貿易はしていたんですから、開国させる必要は無かった気がするんですが・・・」
「日本は短期間で大きくなった国だから放っておけなかったんだろう。・・・ロシアとかもそうだろうな」
「ロシアさん・・・そう、ロシアさんですよ。なんであの人侵略してこようとするんですか。あそこあんなに広いのに!資源だってあるのに!」
「侵略することに意義を見出してそうだな、あいつは」
「いきなりやってきて領土よこせ。資源よこせ。物よこせですか。そうですか、そうきますか。うちが欲しいってんだ、あんちくしょう!」
「遠慮なしで周囲の機微に気を配ろうとしない神経の図太さには呆れるよな」
「全くです!こうなったらアジアを纏めて対抗して・・・いっそ世界征服ですよ。弱肉強食な世界よこんにちわですよ!それしか方法ないじゃないですかー!のんびりしていたいのにー!」
「落ち着け。こっちが侵略する側になってもどこかしらで綻びが出るぞ。一国に出来ることには限界があるしな」
「・・・・・・・・・」

 急に黙り込んだ日本に気分でも悪くなったかと聞こうとして、その前に日本が顔を上げた。

「イギリスさん」
「な、何だ?」

 目が恐ろしいぐらいにマジだ。

「同盟組みましょう」
「は?いや、もう組んで・・・」
「そっちの国同士のものではなく・・いや、私たちは国ですが。そうではなく」

 日本が手を伸ばしてイギリスの手を掴んだ。正面からまっすぐイギリスを射抜く目に迷いは無い。

「私たち個人の同盟です!」
「・・・俺たちの?」
「名称とかは後で考えましょう。鬱陶しい大陸連中には分からないことも私たちなら分かり合えるじゃないですか」
「まあ、そうだな」
「だから!対大陸の同盟を作りましょうよ」

 じっと見つめあう2人。周囲に並べられた空き瓶がなければいい雰囲気である。

「・・・いいな、それ」
「はい!」

 実際のところ何が出来るというわけではないだろうが、ただ純粋にそれがとてもいい事だと思えた。

 頷きあってどちらともなくグラスを手に取る。

「それでは俺たちの新同盟の発足に」
「はい。対大陸の同盟に」
「「乾杯!」」


 以上がSD(島国同盟)発足への流れであった。