国際会議後にアメリカの家で飲んでいた。話題は大抵、例のひきこもり国のことで、どうすれば公の場に 出てくるようになるだろうかと話していたのだ。
 そんなとき、フランスは不思議に思っていたことを聞いてみた。

「なあ、アメリカ」
「なんだい?」
「貿易とか政策とかで揺さぶりかけたら、スイスはともかくイギリスと日本は出てくるんじゃねぇか?」

 バキャッ!
 アメリカの手に持たれていたグラスが握り潰される。怒ったのかと思いきやその顔は青白く、しまいにはが たがた震えだした。
 はっきり言って尋常じゃない。

「お、おい!どうした!?」
「それくらい結構前に思いついてたさ。しようと思ったこともあったさ。だけど、だけどっ」
「アメリカ!?」
「い、嫌だ。もう二度とあれはいやだ。またするぐらいなら俺もひきこもる・・・」
「は?何言って・・・とにかくしっかりしろ!」

 ぶつぶつとつぶやく姿はホラー映画並みに不気味だ。
 肩を掴んで名前を呼んでると、ゆっくり顔が持ち上がった。稀に見る真剣な表情でフランスを見つめている。

「前に、何かあったのか?」
「うん・・・」

 とりあえず落ち着かせようと水を飲ませて座りなおす。我を取り戻したらしいアメリカはぼそぼそと喋り始めた。

「・・・・手紙」
「手紙?」
「うん。イギリスからの。それもピィターラビットとかキテェちゃんとかハィジとか封筒からしてファンシーで、封してるのも なんかかわいいシールで。便箋なんかも香りつきとかで・・・」

 外見だけとはいえ20前半の男がどうしてそんなものを持ってるんだ。というか使うなよ。でもまあイギ リスだからな。

「文章はちゃんとしたアメリカ英語でさ、そのときは珍しいなとか思ったんだ」

 でも読み進めていくうちに嫌がらせだと気づいたのだという。

「悪口でも書いてあったか?」
「いや、まあ、似たようなものかな。昔話がつらつらと・・・」
「ああ」

 まだ乳幼児だった頃のアメリカを育てたのがイギリスだ。物心つく前からなのだから昔話には果てがない。

「それも母親が赤ちゃんにするような言葉で。昔の失敗談とか、まあ、いろいろと」
「ふむ」
「愚痴かなって思いながら読んでたんだけど、そしたら途中から話が変わってさ」
「ん?」
「国際事情に関する重要な情報とか、仕事への忠告とか・・・」
「ほお」

 なるほど。読み飛ばせばそれを見落としてとんでもないことになるってか。
 さすがイギリス。えげつない。

「このふたつが入り混じった文がしばらく続いて」
「うん」
「途中から昔話が怪談話になって」
「・・・なんでだよ」
「で、そこにも仕事の話が入ってて」
「うん」
「他の人に読ませてもよかったんだけど、俺が思い出したくない、知られたくないことばっかり書いてあるし」
「うん」
「だけどいい加減嫌になって、一週間目ぐらいに斜め読みして必要なところだけ読むようにして」
「・・・一週間毎日来たのか」
「うん。そしたらその次の日仕事から帰ったら玄関に特大テレビが置いてあって」
「は?」
「驚いてたら急にホラー映画の上映会が始まって」

 しかも日本製のやたらにリアルなものの怖いところ総集編みたいな代物だったらしい。玄関から続く廊下に すっぽり入るサイズで、動くことも出来ずに見たのだという。

「長い髪の女の人がテレビ画面から出てくるところなんて、なんでか立体映像だったんだよ!?ずるーって、 本当に出てきたかと思ってうっかり発砲したら映像が止まったからよかったけど!結果オーライだったけど!!」

 いや、オーライなのかよ。

「仕方ないからちゃんと手紙読むことにしたんだけど、今度は速達着払いで送られてくるようになって」
「うん」
「封筒や便箋の模様がハートとか花柄とかになって、シールは毎回ハートで、宛て先に『愛しいアルフレッド』と かって書いてあって。香水の匂いが染み込ませてあって」

 郵便局員から毎日それを受け取るなんて一種の羞恥プレイだ。しかも料金自分持ち。

「折角手紙書いたのに読まないなんて酷いとかなんとか悲壮感たっぷりに書いてあって、その後やっぱり昔話で」
「そ、そうか・・・」
「で、それから二週間経って」
「・・・その間もずっと、その、恋する乙女紛いな代物受け取ったのか?」

 暗い顔でこくりと肯く。恋人から送られてきたら照れる程度で済むだろうが、相手がイギリスでは無理だ。嫌が らせのためとはいえよくそこまでしたものだと感心まで覚える。

「それで、二週間したら今度は人形が届けられて」
「人形?」
「日本製の、市松人形」

 市松人形といえば、ホラー映画の常連になっている暗闇で直視するのは少し恐ろしいが、着物を着たかわいらしい人形だ。

「とりあえずリビングに飾ったんだけど、今度はその人形が手紙を届けるようになって」
「・・・は?」

 アメリカらしからぬファンタジーな発言に拍子抜けした声を出すと、不機嫌そうな口調で言葉が続く。

「毎朝起きると人形が手紙を持って枕元に立ってるんだ」

 訂正、十二分にホラーだ。

「イギリスが毎朝やってきてるのかなって思って、ある日寝ずにこっそり待ってたんだ」
「ああ、あいつならそれくらいしそうだよな」
「そしたらその夜、見ちゃったんだ」
「・・・何を?」
「人形がポストから手紙を取り出すのを。しかも匍匐前進で!髪振り乱しながら!」
「・・・日本お得意の高性能なロボットなんじゃなかったのか?」
「ちゃんと調べたよ!盗聴機はないかとか、爆発しないかとか、それ用の機関に持って行って!でもちゃんとしたただ の人形だったんだよ!」

 ただの人形は動いたりしない。そんなことは分かっている。そして分かっているからこそ余計に恐ろしい。

「・・・それでどうしたんだ?」
「明るくなって動かなくなるのを待ってから箱詰めして送り返そうとしたんだ」

 売り払ったり捨てたりするのは気がひけて、送られた箱をゴミ箱から取り出して人形を戻そうとした。

「だけど・・・」
「だけど?」
「・・・泣いたんだ」
「は?」
「あははははとか笑いながら!なのに涙を流しながら縋り付いて来たんだよ!」
「・・・マジで?」

 その後の記憶はない。気づけばその人形を片手に抱え持った状態でイギリスの家に居て、ひたすらごめんなさいと 謝り倒していた。

「・・・・・・・・もう二度とあんな目にあうのは御免だよ・・・」
「うん、なんつーか・・・大変だったな?」







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 市松人形はイギリスが日本の家に行ったときに(人形と)意気投合してもらったものです。匍匐前進は見られて いると気づいたから、サービスとしてやりました。普通に歩くより怖い。
 ひきこもりイギリスはアメリカにすら容赦なし。弟として可愛がっている面はありますが、利用するのに遠慮なし。 むしろ大国が弟分だと利用しやすくていいなーとか思ってます。
 イタズラとか嫌がらせとか、日本もイギリスもやるとしたら徹底してやりそう。イギリスがどこから情報を掴んだか というと、あれです、ブリタニアマジック。別名・妖精情報網。