最近、妙に体がだるい。
 熱はないし、睡眠だってちゃんととっている。なのに、気づけばぼーっとしていることが多い。
 国である以上、体の不調は国の異常を表すことになるはずだが、政治も経済も安定していてなんの問題もない。

「なんだってんだ・・・?」

 世界は大戦の混乱からようやく脱してきて、落ち着きを取り戻してきている。
 それに気が緩んで、疲れが押し寄せてきたのかもしれない。
 上司に相談したら、そんな返答がきて、しばらく休暇をとることになった。

***

 そして、休暇一日目の朝。
 今までにない倦怠感とともに目覚めた。

「な・・・んだ、これ・・・」

 寝返りをうつのもつらい。
 心配した妖精やドワーフがおろおろしているが、声をかけてなだめる余裕もない。

 倦怠感は昨日より和らいではいるものの依然としてあり、関節や筋肉が痛い。

 なんかのウイルスか・・・?

 一回、病院に行った方がいいかもしれないと、思いながら体を起こす。
 ベットの上に座り深く息を吐いた。目の前が少しぼやける。熱が出たのかと、顔にかかる髪を掻き揚げて――止まった。

「・・・・・・・・・・・・」

 体の痛みもだるさも忘れて、部屋の隅に置いてある鏡台まで駆け寄り、普段は下ろしたままのカバーを跳ね上げるように外して覗き込んだ。
 寝巻きを押し上げる胸。筋肉が落ちて細くなった手足、なのに太ももと腰は出ていて、胴回りがくびれている。短かった金髪は腰ぐらいまで伸び、童顔だった顔つきはいっそう幼さを増したように見えた。

 どこからみても完全に女に見える自分が、そこにいた。
 
『イ、イギリス・・・?』

 周囲を飛ぶ妖精たちが気遣うように名を呼ぶ。
 その声に硬直から復活したイギリスは絶叫を発した。

「なんでだー!!」

***

 〜♪〜
 電話の音に、フランスは昼食の材料を切っていた手を止めて、キッチンを出た。

「はい、どちらs「フランス!?」

 言い終える前に、腐れ縁の隣国の絶叫が耳に叩き付けられる。受話器を通しているのに、なんでこんなに衝撃がくるんだ。
 長年の習性で、俺なんかしたっけ?と最近の行動を振り返っていると、もう一度名前を呼ばれた。今度は酷く頼りなさげな、泣き声に近いもの。自然と自分の声も落ち着いたものになる。

「フランス・・・」
「・・・どーしたよ?」
・・・ねぇ
「ん?」
「ありえねぇー!」
「・・・・・・何がでしょうか?」

 どうして下手に出てんだ自分。内心でツッコんでみるが何の解決にもならない。
 そうしている間にもイギリスは一人でぶつぶつ喋っている。

「ありえない。ほんっとーにありえない。こんな馬鹿なことってあるか?千年以上俺がどれだけ苦労したと・・・。いや、それはともかく、こんなことまで起こるってのか?国は人と違うとかそういうのか?それともバカメリカとかがなんかしたってのか?」
「イギリス?」
「どうしよう。マジでヤバイ・・・・・・いっそ引き篭もるか。スイスみたく永世中立国宣言して、栄誉ある孤立んときみたく・・・島国ってこういうときは楽だよな。ユーロトンネルも塞ぐか、いっそ・・・」
「おーい、イギリスさーん」
「俺が失踪したとしても死ななければ英国消滅なんてならないよな。国際交流なんて元からそんなにしてないし・・・」
「イギリス!落ち着け!」

 近年稀に見る取り乱し具合だ。フランスに電話している認識すらないのではないだろうか。

「イギリス。お前、どうした?」
「・・・ふらんす・・・どうしよう・・・」

 こいつ、泣いてたりしてないよな?どこか浮ついたような声に不安になる。
 気づいている国などいないだろうが、フランスはイギリスに甘い。幼い頃のイギリスを知っていると同時に、いくら反目しようとも永い間守り続けてきた秘密を共有するが故だ。そして、普段は表に出さないまでもイギリスはフランスに甘やかされていることを享受している。
 だからこうして混乱しながらも連絡をとろうとしたのだろう。全く役立っていない気がするが・・・。

「どうしたー?おにーさんに言ってみなー」

 普段のイギリスなら「もうおっさんだろ」と返すだろう科白にも無反応で、しかし落ち着きは取り戻したらしい。

「フランス」
「ん?」
「・・・人って成長すると髪まで伸びるものなのか?」
「・・・・・・はい?」

 ・・・実はまだ落ち着いていなかったようだ。