ヴェストとイタリアちゃんと日本が遭難したらしい。

 青い顔をした伝令兵の知らせを聞きながら最初に思ったのは、「へー、そうなんだー」と返したら怒られるだろうかということだった。

 

 みっともなく取り乱す上層部を脅し混じりに落ち着かせ、右往左往する部下には緘口令を引き、連合側に知られないように捜索部隊を編成し、仕事が滞らないように指示を出し終えた頃、部下に連れられてオーストリアがやって来た。

「よお、坊ちゃん。話は聞いたか?」

 執務室に入ってきたオーストリアに、プロイセンは書類を見たまま挨拶もすっとばして要点だけを話しかけた。なんとも不遜な態度だが、オーストリアに対する態度としては通常だ。
 放っておいて迷子になっても探しに行く余裕がないという理由で連れて来られたオーストリアは、プロイセンの態度を咎めることなくため息1つで流すと、こちらも部屋主に遠慮することなくソファーに腰掛けた。

「ええ。ドイツたちが遭難したと知らされました。ロマーノには知らせたんですか?」
「そもそも遭難の知らせが来たのはイタリアからだしな。スペイン引っ張って捜索隊に参加してるぜ」

 知らせを受けるなり「あの馬鹿弟がー!」だの「ジャガイモと話し合いなんか冗談じゃねぇぞ!」だの叫びながら荷造りをし、「あいつがいないと俺が仕事することになるだろうが!」と喚きながら飛び出して行ったらしい。
 ようするに「弟が心配だから後のことはドイツに任せて俺は捜索に行くぞ」ということだろうというのがロマーノの補佐官の弁だ。

 枢軸側ではないスペインを捜索隊に加わらせるのはどうかという意見も出たが、直接国益に関わらない領域での子分のお願い(というか脅しもしくは我侭)に反発できるスペインではない。
 そこにイタリアが関わってるとなれば信用性は格段に上がる。

 ただ、見送りに行った部下によるとハルバードを担いで「己がかつて謳った無敵艦隊見せたるで、眉毛!」と言っていたらしい。(注:”無敵艦隊”の名はイギリスがイヤミでつけた名前)
 あいつの中では3人が遭難したのはイギリスのせいになっているのだろうか。船が難破したせいという情報しかないので海賊紳士が関わっている可能性はあるが、そんなに断定するほどアルマダの件はトラウマなのだろうか。・・・トラウマだろうな。
 もしも謂われなくイギリスを攻撃した際には全力で無関係だと主張すべきだろうか。それとも枢軸側に引きずり込むべきだろうか。

「・・・あなたにしては冷静ですね。もっと取り乱すかと思っていましたのに」

 プロイセンは部下を振り切って捜索に向かおうとするだろうというのがオーストリアの予想だった。
 しかし、当の本人はいつもと変わらない様子でデスクについている。

「んー、心配してないわけじゃねぇけどよ。国である以上、そう簡単に死なないのは分かってるしな。それに」
「それに?」
「俺はあいつが10才ぐらいのとき、ナイフ1本だけ持たせて無人島に一週間放り込んだことがあるから」

 あっさりと言われた内容を数秒かけて咀嚼したオーストリアは、渦巻いた百万語を飲み込んで深いため息に変えた。

「鬼ですね」

 粗野な性格に似合わない厳格な子育てをしていたのは今のドイツを見れば分かる。
 スパルタだったのだろうなという予想もしていた。オーストリア自身もイタリアに対して体罰を辞さない躾をしていたから、それについてとやかく言う気はない。

 しかし、外見だけで内面は違うとはいえ2ケタになったばかりの子供にサバイバルをさせようとは思わない。

「俺とかハンガリーなんかはそれより下の歳で野外生活してたぜ?それにちゃんと場所は選んだんだぞ。脅しで食われんなよとは言ったけど、大型肉食獣がいないのは確認済みだったしな。狩りや釣りの仕方は教えてあったし、一応部下も監視役として潜ませてた。・・・適度に襲って、限界がくるようなら最低限助けるように、っていう命令つきだったけど」
「本当に鬼ですね!」
「自分を襲ってきてた仮面かぶった怪物が実は人だったって知ったときのあいつの表情は見ものだったな・・・」

 けせせせと笑うプロイセンは非常に楽しそうだ。

「無人島から帰ってしばらくは寝てる間に人の気配が近づくと飛び起きるようになってたな。そのうち、察知するだけで殺気がなけりゃ起きないようになったけど。他にも寝てる間に連れ出して森に置き去りにしてみたり、目隠しして領土内の適当な場所に放り出してみたり。船に乗っけて海に放り出すのは部下に全力で止められたなー」
「当たり前です、おばかさん!」
「でもよ、おかげで逞しく育ったと思わねぇか?ムキムキだぞ、ムキムキ」

 一歩間違えれば人でなしの虐待者である。よくドイツはこんな兄を慕ったまま成長できたものだ。

「でもよ。あいつ最近たるんでるみたいで、イタリアちゃんがベットに潜り込んでも気づかないらしいんだよな。なあ、これって鍛え直すべきだと思うか?」
「・・・・・・まずは無事に発見されることを考えなさい」

 数日後、捜索隊に発見されたドイツが再び無人島に放り出されたかは定かではない。