湿った緑と紅茶、海の香り。
 幼い頃から知っているイギリスの匂い。

 俺の、トランキライザー。



 時々、どうしようもなく恐ろしくなるときがある。
 何の前触れもなく訪れるそれは、じわじわと心の奥から湧いてきて、全身を絡めとってしまう。

 粉々になった置物。引き裂かれた壁紙とカーテン。床にはインクが撒き散らされ、引きずり倒された棚に入っていたものが散乱している。
「また一段と酷いな」
 ぐちゃぐちゃの頭のまま呆然と座り込んでいると、後ろから声がかかった。それが誰のものなのかなんて振り返らなくても分かるから、俯いたままで彼が近づいてくる音を聞いていた。

 大国であるが故の重責。
 記憶の底に沈めた過去の悪夢。
 ヒーローという言葉でごまかし続けている本当の思い。

 すべてが一緒になって向かうのは破壊だ。
 何もかもを壊して殺して捨てて傷つけて。何も残りはしないと分かっているのに、全てをなかったことにして逃げ出してしまいたいと思う。

 かちゃりというガラスの音に、窓ガラスを割ってしまったことを思い出す。
「アルフ」
 彼しか呼ばない名に誘われてそっと視線をあげると、月明かりに照らされながら困ったように笑うイギリスがいた。
 どれだけ傷つこうとも、どれほど傷つけられようとも、彼はアメリカに優しさを与えようとする。
 衝動に負けて暴れるアメリカを諫めるわけでも、止めようとするわけでもなく、ただ傍にいる。
「アルフ、おいで」
「・・・っ!」
 頬に当てられた手から与えられた仄かな匂いにたまらなくなって、触れる手を掴んで力任せにイギリスの体を引き寄せた。
 成人男性にしては華奢な体は腕の中にきちんとおさまって、それでも物足りなくて顔を首筋にうずめる。

 湿った緑と紅茶、海の香り。
 どれほど壊しても、無くならないもの。

「ねぇ」
「なんだ?」
「俺、間違ってないよね?」
 どうしてこうなってしまったんだろう
「誰よりも強くなって、ヒーローになって」
 本当は・・・本当になりたかったのは、子供の頃から望んでいたのは
「世界を、正義を守って」
 君が幸せそうに笑ってくれる世界を守ることで
「俺、間違ってないよね?」
 君が傷つく世界なんていらないのに
「ああ・・・お前は正しいよ、アルフ」
 君が望むなら、この世界でいい。君が望むから、この世界がいい。そのための犠牲など気になりはしない。
「・・・うん。そうだよね」

 明日、一緒に家具屋に行こう。
 壁紙と窓ガラスも直さないといけない。
 それまでには元に戻るから。
 だから、今はまだここにいて、薬を下さい。

 My brother who is tranquilizer.



 

 シリアス・・・だ、よね?(自信なさげ)
 英語文は「兄が私の精神安定剤です」になってるはず。
 アメリカが独立したり、世界の警察と呼ばれるようなことをしているのは、イギリスが今の世界を望んでいるから。だけど本当にこれでいいのか分からなくなって、全部を最初から作り直したくなる。そして爆発。・・・な感じ。
 なんでかアメリカが匂いフェチになってしまった。

 アメリカの人名であるアルフレッドはイギリスがつけたと思ってます。
 んで、愛称で呼ぶときたいていの人はアルとかフレッドとか呼ぶけど、イギリスは幼い頃からアルフ呼び。独立してからはアルフレッドとかアルとか呼ぶように気をつけて、慌てたりするとアルフになる。
 アメリカとしては子ども扱いされているようで嫌だけど、他の人にそう呼ばれるのはもっと嫌。イギリスだけが呼んでいいけど、イギリスには呼ばれたくない。ジレンマです。
 (うん、実はこれを一番語りたかった)