「なーなーフランシスっていつからアーサーのことが好きなん?」
「なんだよいきなり」
「あ、それ、俺も気になってた。ある日突然アプローチかけ始めたよな」

 朝会えばおはようと抱きついて、昼は飯を食おうと口説いて、帰りは忠犬ハチ公のごとく生徒会が終わるのを待つ。10回告れば6回ボコられ3回は罵詈雑言を吐かれ1回はスルーされる。ある日突然始まったアーサーとフランシスの攻防戦は気づけば1年経とうとしていた。
 学校内外において、フランシスの性別年齢問わずな華麗なる恋愛遍歴は有名で、だからあのフランシスに本命が出来たと初めの頃は大騒ぎだったのだ。落とすか落とせないかの論議に始まり、あの堅物生徒会長が何時落ちるかで賭けになり、今ではすっかり日常的風景だ。
 この果てしなくバイオレンスで、ベタ惚れ状態のフランシスがひたすら報われていないように見える関係だが、実はすでにくっついているなどと誰が気づくだろうか。少なくともアントーニョはフランシスに言われるまで気づかなかったし、ギルベルトもアイリスがいなければ分からなかっただろう。

「いつからっていうと・・・あー・・・入学した頃かな?」
「え?そんな前なん?」
「そ。あいつ入学式で新入生代表挨拶しただろ?それで柄の悪い奴らに目ぇつけられたらしくてさ」

 帰宅途中で連れて行かれるあいつを見たのは偶然。周囲の人は見て見ぬふりだし、フランシスだってわざわざ関わろうとするほど正義漢ではなかった。しかし連れて行かれたのが自分好みの可愛い顔をしていると成れば、フランシスの騎士道精神(アーサーは変態根性と呼ぶ)が放っておかない。

「で、助けたったんか?」
「・・・それならよかったんだけどねー」



 追いかけて辿り着いた所で繰り広げられていた光景は酷いものだった。
 殴られたらしい頬は赤黒く腫れ上がり、こめかみからは血を流し、倒れ伏した体の手足は力なく投げ出され変な方向に折れ曲がっている。
 紛れもなく暴行後の光景だが、それはフランシスが想像したものとは違っていた。

「も、もう勘弁してくれ!」

 口から折れた歯と血をこぼしながら男が泣き喚く。前述した様相を呈しながら転がっているのは先ほどの柄の悪い連中一同。
 必死の哀願を一笑に付して、暴行者――被害者であるはずのアーサーは男の顎を蹴り上げた。こいつ、優等生さんじゃなかったっけ?

「・・・・・・・・」

 俺、いらなかったかなー?
 むしろ見たと知られたほうが不味いかもしれない。
 早々と立ち去ろうとしたフランシスはしかし、視界の端で何かが動くのが見えて、思わず立ち止まる。視線を動かせば、地面に沈められていた男が起き上がろうとしている。手にはごつい岩を掴み、アーサーを睨みつけていた。
 アーサーに気づいた様子はない。高笑いの聞こえてきそうな勢いでリーダー格らしき人物を足蹴にしている。
 男が立ち上がって手に持ったものを振りかぶった。

「危ねえ!」

 反射のように男とアーサーの間に割り込み、手に持っているものをつま先で叩き落す。
 背後でアーサーの振り返る気配を感じながら、伸ばした足を地面に踏み込むようにつけて男の横っ面に拳を叩き込んだ。

「「・・・・・・・・」」

 気まずい沈黙が流れる。この場に他に意識を保っている存在はいない。

「えーっと」

 あまりの気まずさに癖のある髪を手で掻き回しながら振り返った。
 まっすぐにフランシスを見る緑の目と思いがけず正面から向き合ってしまい内心びびる。

「あのさ」

 何か言わなくてはと口を開いたとき、じゃりっと地面の擦れる音がした。まだ誰か動ける奴がいたのかと思いアーサーから視線を外したのと、横から頭部に加えられた衝撃はほぼ同時だった。
 ぼやける視界に足を振り上げたアーサーを入れたのを最期に、フランシスの意識は暗転した。



「・・・どういうことなん?」
「・・・・・・脳に衝撃与えたら、記憶ふっとばないかな?と期待してみたらしい」

 あちらも結構動揺していたということだ。だからといって一応恩人を礼もなく回転胴回し蹴りで気絶させるのはいただけない。いや、まともに話せるようになってから赤面しながらお礼言ってくれたけど。それが凄い可愛くて思わず襲いかけたら同じような攻撃が飛んできたけど。
 しかしいい蹴りだった。鋭く叩き込まれた足がこめかみを抉るように遠心力を伴って標的を吹っ飛ばす。

「で、その時に一目惚れして」
「早いな、おい」
「え?ちょ、これまでの話のどこに惚れる要素があんねん」

 どう考えても第一印象最悪じゃないか。

「んー・・・本当はもっと先だったかもしんねーけど・・・それ以降に付き合う子たちがみーんなどこかしらあいつに似ててさぁ」

 目の色とか髪の色とか爪の形とか耳の形とか唇の感じとか声の印象とか鎖骨とか踝とか

「・・・なんで似とるって分かんねん」

 特に踝。

「分かるほどに見てる自分に気づいて愕然としちゃったのよ。お兄さんは」

 ちなみに踝はプールの時ね。
 
「これでも悩んだんだよな。相手あれだし」

 肩を抱いたら拳が飛び、抱きつけば足が飛び、口説けば罵られる。
 俺ってマゾだったっけ?と本気で悩むこと無数。というか現在進行形。

「で、今に至るわけだ」
「物好きな奴だな」
「ほんまやわぁ・・・」