「あれ?あそこにおるんカークランドと違うか?」

 鞄から昼飯を取り出しながら廊下を見たアントーニョは、購買や食堂に向かう人の波の中に不可抗力で見慣れてしまった顔を見つけて、同じく知り合いな友人に声をかけた。

「え・・・あ、アーサー!?」

 『アーサーを見たら抱きつく』。もはや条件反射に近い動作で迫ったフランシスは、両手を広げて抱きつこうとしたところへカウンターキックを食らわされて床に沈んだ。
 近くに居たクラスメートが驚いた表情をしているが、当事者たちにしてみれば挨拶も同然なので気にしない。

「相変わらず容赦ないなぁ・・・」

 それにしてもアーサーが下の階に下りてくるなど珍しい。普段はフランシスがうざいという友人としては涙なしに聞けない理由で、移動教室のときですら通ろうとしないのだ。

 天変地異の前触れやったりせんよなぁ・・・?

 弁当は後回しにして、廊下に這いつくばったままの友人に歩み寄った。アーサーは立ち去るでもなくフランシスを見下ろしている。アントーニョはその横にしゃがみこんだ。

「おーい、生きとるかー?」

 ちょいちょいつついてみるが反応がない。余程きれいに決まったようだ。

「・・・お前ら、何やってんだ」

 このままほうっておいても大丈夫だろうかと悩んでいると、横から声をかけられる。

 振り向けば隣のクラスにいるギルベルトが呆れた表情で立っていた。
 1年の前半を訳あって休学していたこの昔なじみは、柄の悪さも手伝ってクラス内で浮いており、昼休みはアントーニョたちのいるクラスに来たり、どこへともなく姿を消したりする。

 心なし避けるように廊下の生徒たちが進んでいくのを気にしないようにして、片手をあげてみせた。

「おーギル。これから買出し?」
「いや・・・財布失くした」

 ということは、たかりに来たのか。
 残念ながら勤労学生のアントーニョに奢る余裕はないので、フランシスを起こして立て替えさせなくてはいけない。

 フランシス昏倒の原因に手伝ってもらおうかと視線をあげると、アーサーはじっとギルベルトを見ているのに気づいた。
 そういえば初対面だっただろうか。
 紹介するべきかどうかアントーニョが悩んでいると、決断を出すよりも早くアーサーが動いた。

「ギルベルト」
「ん?」

 名前を呼んで、手に持っていたものを放り投げる。
 黒い皮製の財布は紛れもなくギルベルトのもので、なんの予告もなく投げ渡されたそれにギルベルトは軽く目を見開くと、小さく礼を言ってポケットにしまった。

「渡したからな」

 念を押すように言い捨ててアーサーが去っていく。

「・・・知り合い?」

 何時の間にか意識を取り戻したフランシスの声は、心なしか呆然としていた。







友人が自分よりも片思いの相手と仲がよくて驚いたフランシス。

アーサーは忘れ物の財布を渡すようにアイリスに頼まれたから来ただけです。
アントーニョの立ち位置が難しい・・・