仕事のために日本を訪れたイギリスは、日本宅を取り巻く異様な空気に顔を引き攣らせた。

 オタク文化が国際的に認められ始めたころから、日本のやること成すことあらゆることが何かととんでもないことを引き起こすのだ。
 〆切間近の原稿を書いているのなら手伝わされるだけで済むが、この前のように猫耳語尾ニャーの薬の実験体にされるのはご免だ。

 一端ホテルに戻って連絡を入れてからにしようかと悩んでいると、空で轟音が響き次の瞬間には巨大な雷が日本宅を直撃した。

「んな!!?」

 雲ひとつない晴天の空からの落雷に、嫌な予感を覚えながらも安否を確認しようと玄関のドアを開けた。

「・・・日本?」

 静まり返った屋内は薄暗く、何時もは家主よりも先にやって来る座敷童の少女の姿もない。
 僅かに漂う焦げた臭いはもしかしなくても落雷のせいだろう。
 まさか大怪我を負ってはいないだろうが念のためにと中に一歩を踏み入れた。

 手前の部屋から順に奥へと行き、押入れや納戸の中まで覗いて探したが日本の姿はなかった。

 天井裏と軒下も探しておいたほうがいいだろうかと、うろついた末に辿り着いたのは先ほどの雷の落下地点らしき場所。
 無残なことになっている木の床と天井は火こそついていなかったが、焼け焦げ煙をたちのぼらせている。

 ぽっかりと空いた穴。その中から唐突ににょっきりと手が出てきた。
 びっくりして後ずさると、板が割れる音とともに手の主が床の上に這い出てくる。

「に、日本・・・」

 本当に軒下に居たのかと驚くイギリスの前で、ゆっくりと某ホラー映画のごとく出てきた日本は、何やら不気味に笑っていた。

「ふ、ふふふっふふふふふふ・・・」

 このまま帰ってしまいたい。
 そう思いながら立ち尽くしていたイギリスを、唐突に顔を上げた日本が見つける。

「・・・あ!イギリスさん、いいところに!」
「に、日本・・・?どうした・・・?」
「ついに・・・ついに私は活路を見出しました!」

 だんっと勢いを付けて立ち上がる日本。ぎしりと床が抜けそうな音がした。

 雷に打たれておかしくなったのではと危惧するイギリスの心中など今の日本に届きはしない。

 日本が両手で差し出したのは白い袋のようなもの。
 これがどうしたんだ。と視線で問えば、彼はその袋を持ち上げて高らかに言い放った。

「よくぞ聞いてくれました!実験の失敗によって作り出された発明品!その名も四次元ポケットです!!」
「・・・・・・・・・・・・四次元?」
「そうです!ほら、地下室の瓦礫その他もこの通り!」

 逆さまにされたポケットからがらがらがらと木片やらガラス片やらの瓦礫が落ちていく。

 ああそうか地下室に居たのか。
 どうでもいい納得をするイギリスはツッコミという役目を放棄していた。

「最初は二次元に入る実験をしていたんですが、理論の転換をした結果導き出された既定技術の応用を成功させた結果、何故か1つ次元の下がる二次元ではなく逆の1つ次元の上がる四次元への介入が成功しました」
「・・・・・・」

 ああ、失敗は成功の母ってやつか。
 結果はともかく、その理由はどうかと思うぞ。いや、結果も随分おかしいか。

「この技術と理論を逆に使えば二次元に入ることができるはずです!!」
「・・・そうか、よかったな」

 そんなに二次元に入りたいのか。
 思うけれど口には出さない。出したが最後、洗脳紛いの二次元布教をされる。

「この勢いでタケコプターと翻訳コンニャクも作りたいですね!どこでもドアはもうありますし」
「・・・どこでもドアって前にお前が俺に向かって叫んだやつか。てことは俺がどこでもドア?」
「はい。あ、スイスさんに見せに行きたいんで、出してください」
「・・・俺はあの青狸みたく道具を取り出したりはしない」
「じゃあやって下さい」
「・・・・・・了解した」

 ああ・・・何を言っても無駄だ。
 大きな脱力感とともに、イギリスは手近にある『扉』に手をかけた。





 広大な自然を有するスイスの現居住地・マッターホルン。
 そろそろ夕食を作ろうかと思っていた夕暮れ時、イギリスと日本がアポイントメントもなくやって来た。

 玄関の呼び鈴を鳴らすことも玄関のドアを開けることもなく、何故か最初に踏み入ったのがリビングのドアからという摩訶不思議現象――イギリスの即席”どこでもドア”技(命名:日本)だろう――で住居侵入を果たした2人のうち、何故か取り乱しているイギリスが反射で銃を構えていたスイスの腕を掴んだ。

「スイス・・・。日本が・・・とうとう、やって・・・」
「は?」
「『やった』というより『作った』ですけどね」
「・・・今度は何をしたんだ?」
「やめて下さいよそんな言い方。いつも何かしてるみたいじゃないですか」

 してるであろう。
 気のせいですよ。

 空気を読めても無視するという全くためにならないスキルを活用した日本は、さっきイギリスにも見せた白い袋――四次元ポケットを取り出し説明を始める。

 その説明が進むにつれ、普段は静まり返っているスイスの目がどんどん輝きを増していく。
 それに比例して、イギリスは自分の精神疲労が増しているのを感じていた。

 もう勝手にしてろ、この二次元大好き国コンビめ・・・

「吾輩は空気銃と石ころ帽子が欲しいのである」
「ええ!是非作りましょう!」


 後日、本当に作った秘密道具を披露された国連メンバーに揃って文句を付けられたイギリスの「俺の仕業じゃねー!!」という叫びが挙がったという。










 以前燐音さんに頂いた絵についていた「日本なら四次●ポケット位作るのは軽い気がする」のコメントから、四次元ポケット誕生話。副題:二次元に染まった友人に被害を被る現実主義のファンタジー国家。
 本作で使われる予定はないです。無敵すぎてつまらなくなりそうなんで・・・。