この世界に生まれて数千年。
 数多の国が生まれ、争い、滅びるのを見届けてきた中国だったが、今度ばかりはもう駄目だろうと諦めていた。

 理由のない争いほど無意味で虚しく面倒なものはない。

 全てを壊しつくし、何もかも無に返し、そしてようやく止まるのだろう。
 そのとき残されている人はほんの僅か、もしかしたら生き残る存在すらないかもしれない。そのことだけが諦めた後の唯一の憂いだった。


 ・・・今となってはどうしてこいつらの存在を忘れていたのだろうかということで頭を痛めることになっている。
 まさか戦地のど真ん中で平和を叫ぶようなことをするだなんて予想外だった。

 いや、彼らのすることのほとんどが予想外だから、予想の範囲内のことと言えなくもない。

 ここ数年で何度も反芻した思いを巡らせる中国の向かいで、渦中の1人である日本は呑気に茶をついでいた。


「あ、茶柱ですよ。縁起いいですねー」
「・・・・・・」


 仕事はどうした?と聞くべきなのか悩んで、そもそもこいつは仕事をしているのだろうかと根本的な疑問に行き当たる。

 英国が事後処理その他諸々のために国たちを扱き使って悲鳴を上げさせていることは知っているし、国が戦闘放棄をしても尚止まることのない犯罪の根源を潰すために瑞士が世界中を奔走しているのも知っている。


「・・・お前、何をしているあるか?」
「え?休戦条約締結直後に疲労で寝込んだ中国さんにお茶を入れてます」


 わざとなのか本気なのかボケた返答がきて、こんな性格の奴だったかと思いながらそうじゃないと脱力した声を絞り出す。


「仕事の話あるよ。お前、随分長いことうちに居るあるが・・・何をしているあるか?」
「ああ・・・主にアフターケアでしょうか。敗戦国のカウンセリングとか、どこぞの原因の発端国を絞めたりとか、今の世界情勢に介入できないほど弱った国との意思疎通とか・・・。外交みたいなものですね」
「・・・・・・ふぅん」


 お茶請けにどうぞと出されたのは東南アジアのフルーツで作られた干果だった。先ほどの話を考慮すればいわゆるお土産なのだろう。


「お前、これからどうするつもりあるか?」
「どう・・・とは?」


 湯気とともに香しい薫りをたてる湯のみを差し出しながら、きょとりと日本が首を傾げた。

 しばし無言で見つめあい、声に出さない言葉を交わす。
 全く会わなかった時間が数百年流れていようと、かつての育ての親と子の意思疎通は難解なものではなかった。

 先に視線を外した日本は、窓から見える景色に目をやった。


「静かですねぇ・・・」
「ん?・・・ああ」


 人里離れた山奥の竹林の中に中国の住居はあった。

 遠くから小鳥の囀りと河の流れる音がする以外、なんの音もない俗世から切り離されたかのような空間。
 平和と呼んでもいい光景だ。


「・・・私たちは”必要悪”だったんです」


 顔ごと窓へと向けたまま言葉を紡いだのは小さく平坦な声で、独り言のような言い方だった。
 おそらく返答も相槌も不要ということだろうと見当をつけ黙って茶をすする。


「敵の敵は味方というじゃないですか。貴方方が私たちをどうにかしようと奮闘している限り、貴方方同士の摩擦は起きないと想定していたんです」


 現にSHKに関することにおいてはあの険悪な露・米間の対立も起こらず、国境や民族を越えた連携が結ばれていた。

 ここまで危険視されるとは思わなかった。と頭を抱えたのはイギリスだっただろうか。スイスはただ呆れた表情をしていた記憶しかないからきっとそうだろう。


「だから・・・最初の・・・あの大戦の発端とも呼ぶべき戦いが起こったときも・・・関わることなく、見守るつもりでした」


 そうするべきだろうと、話し合って決めた。


「でも・・・そうするには世界の方向性があまりにも絶望的過ぎて・・・」


 どうしてあそこまで泥沼化してしまったのか、未だに誰も特定できない。

 国同士の理解が足らなかった。
 重要な問題を後回しにしすぎた。
 タイミングが悪かった。
 果ては陰謀説・黒幕説なんてものまで飛び出した。

 確かなのは、止められなかったことが罪とならないほどどうしようもない状況だったとうことだけ。


「ちゃんと、決めてあるんです。今よりももっと世界が落ち着いて、貴方方も復帰出来る様になってからのこと・・・。だから、早く良くなってくださいね。」


 ようやくこちらを向いた日本の表情は、不安を抱かずにいられない何かを含んでいた。







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