「最近な、西の方でなんか騒いどるらしいでー」 ある日、馴染みの酒場で呑んでいると唐突に話しかけられた。 「なんかってなんだよ。なんかって」
飲もうとしていたビールをテーブルに戻したプロイセンは断りなく隣に腰掛けてきた悪友へと視線をやった。 「なんかはなんかやでー。あ、親分な、豚さん食べたいわ」 無言でメニュー表を渡してやると、アントーニョは豚料理以外にもサイドメニューをいくつかと酒まで頼む。万年金欠赤貧生活の彼はこうして情報を仕入れてきては食事を奢らせてくるのだから慣れたものだ。
「で?」 懐を探って羊皮紙に書かれた地図を取り出すとテーブルに広げる。この大陸の西地区を中央に置いたものだ。 「この前、仕事でこの国に行っとったんや。そんときに、この街道をつこうて、こう・・・」 地図に伸びた指が西地区の北西にある港町から内陸を通って南地区へ行く街道をなぞる。
「ぐーっと山抜けて南下するルートでアドリアの港町まで行って来たんやけどな」 指し示されたのはスペインが通ったというルートから山を挟んだ地点。
「ここは近くの村と行き来するときに使う道があってな、道ゆうても山沿いの獣道も同然やから結構険しいんやけど、遭難や事故やとしても短期間で大勢がいなくなりすぎるっちゅうんで、山賊でも住み着いたんやないかって噂されとった。ちなみに遺留品も遺体もなしで、いなくなるんは若いもんが多い」
魔獣は知能が低く、戦闘能力が高いだけで野生動物とそう変わらない。遺留品に手を出したりしないし、獲物に選ぶなら駆りやすい子供や老人だ。 「俺は魔族。それも人獣族やと思っとるよ」
ひょんなことから人を襲う獣になる運命を背負ってしまった彼は逃げるように故郷を出、居場所を失くして流離った果てに得た子分たちとともに海へと居場所を求めた。
異なる種族が交わると良くも悪くも突然変異をおこすというが、その例外に洩れず彼らの戦闘能力は高く、同じくらい危機回避能力に優れている。
多くの魔族は魔王に従属しその支配を受け入れているが、全てがそういうわけではない。
だが、人に害を成し、人と魔族に仲違いを起こさせかねないような奴は頂けない。 事実確認に行かせた部下からの報告書にはスペインから得た情報をさらに事細かく調べた内容が綴られていた。
行方不明事件が起こっている場所の近隣には昔から棲んでいる鳥人一族の巣がある。
「つまり、いいも悪いも分かった上で反抗する気でやってるわけか・・・」
報告を持ってきた兵はプロイセンからの視線を受け、可哀相なほどに恐縮している。 うん。分かってたけど、なんかヘコむな・・・。
「そう堅くなるなよ。よく調べてくれるぜ」 兵がぎくしゃくした動作で退室して行くと、プロイセンは持っていた報告書をデスクに投げ出して椅子に寄りかかった。 「ったく、馬鹿共が」
戦うことは好きだ。
「どうすっかなー」
独り言だったはずのぼやきに割り込んだ声。
「兄上。何時の間にそこに」 ようするに暇になって城内を徘徊してここに行き着いたわけか。ならセーフか。
「あー、イタリアちゃんに会いに行くのはどうだ?」
やけに険のある声に顔が引きつる。
「兄上。何かあったのか?」 ちらりと逸らされた視線は、デスクの上の報告書に向かっている。 バ レ て る・・・! これはあれか。連れて行けと言われているのか。それとも他の奴に任せて俺に構えと言っているのか。 「偶には弟と遠出するのも悪くないな」 前者ですか。そうですか。 「魔王直々に交渉に出向いてやろうと言うんだ。否などないだろう?」
「連れて行きますけど、不必要な戦闘はやめてくださいよ、陛下」
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