「最近な、西の方でなんか騒いどるらしいでー」

 ある日、馴染みの酒場で呑んでいると唐突に話しかけられた。

「なんかってなんだよ。なんかって」

 飲もうとしていたビールをテーブルに戻したプロイセンは断りなく隣に腰掛けてきた悪友へと視線をやった。
 生来の鋭さのせいで睨んでるかのような目つきだが、これがいつものことと知っているスペインは頓着することなく口端を吊り上げて見せる。

「なんかはなんかやでー。あ、親分な、豚さん食べたいわ」

 無言でメニュー表を渡してやると、アントーニョは豚料理以外にもサイドメニューをいくつかと酒まで頼む。万年金欠赤貧生活の彼はこうして情報を仕入れてきては食事を奢らせてくるのだから慣れたものだ。

「で?」
「ちょい待ちいや。えーっと、地図地図」

 懐を探って羊皮紙に書かれた地図を取り出すとテーブルに広げる。この大陸の西地区を中央に置いたものだ。

「この前、仕事でこの国に行っとったんや。そんときに、この街道をつこうて、こう・・・」

 地図に伸びた指が西地区の北西にある港町から内陸を通って南地区へ行く街道をなぞる。

「ぐーっと山抜けて南下するルートでアドリアの港町まで行って来たんやけどな」
「なんで海賊が陸路通ってんだよ。海路で帰れよ」
「海賊やなくて貿易商やゆうとるやろが。移動の途中でも商売せんと儲けにならんやろ」
「あーはいはい。それで?」
「そんときに、この辺で行方不明者が続出しとるっちゅう話を聞いたんや」

 指し示されたのはスペインが通ったというルートから山を挟んだ地点。

「ここは近くの村と行き来するときに使う道があってな、道ゆうても山沿いの獣道も同然やから結構険しいんやけど、遭難や事故やとしても短期間で大勢がいなくなりすぎるっちゅうんで、山賊でも住み着いたんやないかって噂されとった。ちなみに遺留品も遺体もなしで、いなくなるんは若いもんが多い」
「ふうん・・・。キナ臭いな、そりゃ」
「やろ?魔獣の群れがおるんやないかって話も出始めとったで」
「魔獣ね・・・。お前はどう思ってるんだ?」
「俺か?」

 魔獣は知能が低く、戦闘能力が高いだけで野生動物とそう変わらない。遺留品に手を出したりしないし、獲物に選ぶなら駆りやすい子供や老人だ。
 白々しい話し方をするなと笑んで見せれば、スペインはにかっと白い歯を見せた。

「俺は魔族。それも人獣族やと思っとるよ」

 

 


 一部の国じゃ懸賞金がかけられているらしい海賊団(と呼ぶと貿易商だとツッコミが入るのだが本人はいないので放置だ)エスパーニャの船長(と呼ぶと親分だとry)スペインは後天性の人狼だ。

 ひょんなことから人を襲う獣になる運命を背負ってしまった彼は逃げるように故郷を出、居場所を失くして流離った果てに得た子分たちとともに海へと居場所を求めた。
 そんな来歴を持つエスパーニャは船員たちも珍しい連中が揃っていて、航海士のキューバは人魚の血を引いているというし、副船長のベルギーは兄妹共々片親が花の妖精なのだという。ようは異端の、言い方は悪いが所謂半端者たちの集まりなわけだ。

 異なる種族が交わると良くも悪くも突然変異をおこすというが、その例外に洩れず彼らの戦闘能力は高く、同じくらい危機回避能力に優れている。
 彼らの最優先事項は自らの身の安全であって、名を立てることでも富を得ることでもない。他所でどれほどの犠牲が払われていようが自信に及ばなければ関わろうとすることはない。
 実にシビアで利己的だが、生きるためだと割り切っている彼らの考え方がプロイセンは嫌いではなかった。それに、こうやって齎される情報はとても有益で有り難いものだ。

 多くの魔族は魔王に従属しその支配を受け入れているが、全てがそういうわけではない。
 人の傍で人の法の下に共生しているからこそ生きているような奴だっているし、自然から生み出された妖精・精霊に近いような奴だっているからそれは仕方ない。
 統治しているからといって軍を成しているわけでも富を搾取しているわけでもないから気にしていないと言ったほうが正しいか。

 だが、人に害を成し、人と魔族に仲違いを起こさせかねないような奴は頂けない。
 人に阿った気弱な意見だと馬鹿にされようが、当代の魔王は人との争いを望まないのだから、それに従わぬ異分子は排除せねばならない。それが魔王が魔王たるための責務であり彼に仕えるプロイセンたちの義務なのだ。

 事実確認に行かせた部下からの報告書にはスペインから得た情報をさらに事細かく調べた内容が綴られていた。

 行方不明事件が起こっている場所の近隣には昔から棲んでいる鳥人一族の巣がある。
 普段は討伐されないように人を襲うのを最小限に控え、人肉が多く必要な繁殖期は遠征して食料を調達するようにしていた彼らだが、ここ最近族長が代替わりしたのだそうだ。
 新しい族長は餌でしかない人に配慮した生き方も、遠い地で権威だけをつきつけてくる魔王に従属した生き方もご免だったらしい。人に遠慮することのない狩りを先導し、その勢力を強めることに重点を置くようになった。

「つまり、いいも悪いも分かった上で反抗する気でやってるわけか・・・」
「い、一族全てが賛成しているわけではありません!それに、ここ最近は栄養不足による出生低下が背景にあるようでして・・・!」
「ふぅん・・・。つまり、この一族の問題は人の肩を持つ陛下の責任だと?」
「いいいいいえっ、そのようなことは!」

 報告を持ってきた兵はプロイセンからの視線を受け、可哀相なほどに恐縮している。
 酷薄そうな表情を浮かべることばかり得意な顔は弱者の彼にとってどれほど恐ろしいことか。

 うん。分かってたけど、なんかヘコむな・・・。

「そう堅くなるなよ。よく調べてくれるぜ」
「もももっ勿体無きお言葉です!」
「ご苦労だった。下がっていい」
「はいっ。失礼いたします!」

 兵がぎくしゃくした動作で退室して行くと、プロイセンは持っていた報告書をデスクに投げ出して椅子に寄りかかった。

「ったく、馬鹿共が」

 戦うことは好きだ。
 血の匂いは気分が高揚するし、断末魔は耳に心地よい。
 だけど、その裏に潜むもの――当事者の心情だとか、事情だとか――を見るのは気分が悪い。

「どうすっかなー」
「何がだ?」
「・・・・・・」

 独り言だったはずのぼやきに割り込んだ声。
 ぎぎぎと油の足らないブリキ人形のようなぎこちなさで視線を動かせば、いつもどおりの憮然とした表情の神聖ローマが部屋の隅に立っていた。

「兄上。何時の間にそこに」
「兵が出て行くのと入れ違いだな」
「今日の王務はどうした?」
「終わった。体調も問題ない」

 ようするに暇になって城内を徘徊してここに行き着いたわけか。ならセーフか。

「あー、イタリアちゃんに会いに行くのはどうだ?」
「ふん。そうやって俺を遠ざけて、お前はお楽しみか?」
「・・・・・・」

 やけに険のある声に顔が引きつる。
 なんだ。何かあったのか。ロマーノ皇帝と喧嘩でもしたのか。

「兄上。何かあったのか?」
「それはお前の方だろう」

 ちらりと逸らされた視線は、デスクの上の報告書に向かっている。

 バ レ て る・・・!

 これはあれか。連れて行けと言われているのか。それとも他の奴に任せて俺に構えと言っているのか。

「偶には弟と遠出するのも悪くないな」

 前者ですか。そうですか。

「魔王直々に交渉に出向いてやろうと言うんだ。否などないだろう?」

 

       
                                魔王、掃除する。

 

「連れて行きますけど、不必要な戦闘はやめてくださいよ、陛下」
「お前が居るのに力を使う気はない。頼りにしているぞ」
「・・・Ja」





 

おまけ:退室した兵Aのその後