国内の仕事を片付けるために一時帰国をしていた日本は、慌てふためいたイギリスからの知らせに数百年ぶりに困惑するという事象を体験した。
愛刀と通信機だけを持って戦闘機に駆け乗り、急いで向かったのは遥か西の地。
今居るのはとある廃屋の屋上。
目の前には一見すると何の変哲も無い建物がある。
それが東地域で騒ぐ組織の潜伏地だという情報が入ったのが2日前のこと。
本来ならもっと慎重に時間をかけて対処するはずの事項で、さらに言うなら国である彼が出てくるようなことでもないのだがその潜伏場所が悪かった。ついでにタイミングも悪かった。
(2日前。スイスの国際統括本部にて)
いつものように書類を捌くイギリスの元に血相を変えた部下が駆け込んできたのは、復帰間近までに回復したスイスがリハビリを兼ねて下に昼食を取りに行ったのとすれ違いだった。
イギリス曰く、「夕食だったような、朝食だったような気もしないでもないが、とにかく2日前だった」らしい。
「大変です!」
「・・・どうした?」
ノックの後返答も待たずにドアを開けた部下は慌てて混乱した頭で、室内に居るのが自分より遥かに階級の高い人物だと思い出し慌てて敬礼をとった。
「あ、し、失礼します!」
「礼はいい。それよりも何の用だ?」
「はい!コードネーム”AWT1065”の潜伏先が判明しましたので急遽ご報告に・・・」
「ああ、分かったのか。・・・それでどうして慌てている?」
「じ、実はその潜伏先というのが、この近隣でして・・・」
戦争という忌まわしいものを喰い物にする輩は映画や小説の中だけでなく実際にいる。
それは顧客獲得の好機を狙う武器の密輸組織であったり、戦争孤児を狙った人身売買組織であったりと様々だ。それらは組織の体系をとってはいるが、そのグループ自体に名はない。そのため追う側は余罪などを識別しやすいようにコードネームをつける。
「確かそのコードは武器売買をしてる組織だったな・・・。スイス国内にでも入り込んでいたか?」
「いえ・・・まだ国境を越えた形跡はありません。しかし、潜伏先を考える限り時間の問題かと・・・」
「・・・どこだ?」
「リヒテンシュタインです」
落下音がした。
金属が金属を叩く高い音。
絨毯が敷き詰められた廊下の上に液体が広がって染み込み、陶器の破片が散らばる。
悲鳴と静止の声を後ろに、彼は建物を飛び出した。
「ツヴェンクリン閣下!?どこに行かれるおつもりですか!!??」
「教官が!車庫の車をっ」
「おい!控えの弾薬が無くなってるぞ!!」
「「・・・・・・」」
廊下の向こうから聞こえてくる喧騒に、気まずい空気が部下とイギリスの間に漂う。
申し訳ございません・・・?
いや、お前のせいじゃない。
大変恐縮した部下を下がらせると引き出しの中から回線の切れた黒電話を取り出した。
「日本・・・まずいことになった・・・」
あの兄バカを止めてくれ。
(リヒテンシュタインの”AWT1065”潜伏疑惑地)
自国で受けたのより詳しい事情説明を聞き終えた日本は、眼下に広がる光景を見ながらこちらの慣わしに従い心中で十字を切った。
「・・・イギリスさん。いい知らせと悪い知らせと普通の知らせがあります」
『3つもあるのかよ。・・・えーと、普通の知らせはなんだ?』
「コードネーム”AWT1065”が確保されました」
『じゃあ、いい知らせは?』
「人質になっていたオーストリアさんとスイスさんの友情が修復されました」
『・・・なんでオーストリアが居るんだよ』
「リヒテンシュタインさんに会いに来ていたようです」
『・・・・・・なあ日本。悪い知らせはなんだか予想がつくんだが』
「でしょうね・・・」
日本がここに辿り着いたときはすでにスイスが襲撃をかけた後で、「なんで貴様がここに居るー!!」というスイスの怒号がしたという情報も近隣住民に知らされてから分かったものだった。
ヒビの入った建物。
窓から立ち上る黒い煙。
恐ろしいほどに広がっている静寂。
唯一の音源が更地寸前の建物屋上から聞こえてくる。
「軟弱者の癖に庇って怪我をする奴があるか!この馬鹿者がー!!」
「お黙りなさい。傷に響きます」
「お兄さま。お怪我はありませんか!?」
「オーストリアさん!無事ですかー!!?」
リヒテンシュタインあるところにスイスあり。
そしてオーストリアあるところにハンガリーあり。
よりにもよってこの2国を巻き込んだ組織に同情はしない。
だが処理する書類が増えたことにうんざりしているだろうイギリスには心から労わりを向けたい。
「事後処理の後で皆さんを連れて戻りますね。イギリスさんは1日につき3食必ず摂って睡眠は最低6時間。2時間毎に10分の休憩をとっていて下さい」
『・・・・・・了解した』
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